ニコルソン『イスラムの神秘主義』

ニコルソン『イスラム神秘主義

   どの宗教にも神秘主義はある。だが、中世イスラムから起こったイスラム神秘主義スーフィズム)は、イスラム教の理解に欠かせない。イスラム教は、律法と戒律の共同体の宗教であるが、他方、個人の内面に深く沈潜し、唯一で遍在する神と合一する神秘主義の歴史を持つ。
   この本は、英国の東洋学者・ニコルソンが20世紀始めに書いたものだが、古典的入門書として定評がある。欲望の消滅は、仏教の涅槃にも通じるが、唯一神との合一による自我の消滅による歓喜は仏教とは違う。
   ニコルソンによれば、スーフィズムは個我が失われれば、宇宙我が見出され、魂が神と直接交流し結ばれるエクスタシーという基本原理に基づき、禁欲、浄化、愛、霊知。聖者性が展開されるという。忘我は祈りの音の反復・朗誦という音楽性からも生じる。
   現象それ自体は、非存在であり、絶対者の神の偶然の属性に過ぎなくなり、「真実在」との合一を探求する。中世スーフィーは神への愛を、詩で詠った。「個々の原子の運動はその根元に向かう 人はその傾倒するものとなる 愛と憧れに魅せられて、魂と心は、魂の魂である愛する者の性質を身に装う」
   ニコルソンは中世スーフィーのハッラージュの思想をこう説明している。神の「人性」は人間の肉体的・精神的性質を含むので、神の「人性」と「神性」との結合は受肉か、人間の霊魂が肉体に入るときに起こるような神の霊の浸透という手段によらざるをえない。
「私は私が愛する彼であり、私を愛する彼は私である。 われらは一つの体に住む二つの霊。私を見れば、彼を見る。 またもし汝が彼を見るならば、汝はわれら二人を見る」
   神性と人性が混和し、融合するとの主張はイスラム教の、神の唯一性を否定する。だから「神化」は「一体化」に変化していく。翻訳者でイスラム研究者の中村廣治郎は、神と人間の一体性、親近性、人間行為の主観的意図や内面性を強調するスーフィズムは、伝統的イスラムの律法主義化・形式主義化の反動であると「解説」で述べている。
平凡社ライブラリー、中村廣治郎訳)