ジャット『失われた二〇世紀』(下)

トニー・ジャット『失われた二〇世紀』(下)

     この巻では、ヨートッパとアメリカの二〇世紀を、いくつかに絞った領域で述べている。1940年のナチ・ドイツに対するフランスの敗北は、国内の左翼の蜂起を恐れた支配・軍人層の不安が根底にあると見る。占領協力のヴィシー政権や、アルジェリアやヴェトナムの「汚い戦争」も、フランスの記憶遺産から忘却されていくのはなぜかも分析されている。
     サッチャーからブレアにいたる新自由主義、市場民営化についてのジャット氏の評価は厳しい。さらに「国家なき国家」の地域主義のベルギーや、異民族排外主義の自民族統制主義の歴史のルーマニアも、二〇世紀の一つの姿として描かれている。1967年のイスラエルの六日間戦争という「暗い勝利」により、ガザ地区ヨルダン川西岸の占領から、パレスチナ問題は、21世紀まで持続する。ジャット氏のイスラエルの分析は、読む価値がある。
     この巻の白眉は、アメリカの世紀を扱った部分である。二〇世紀半ばからソ連崩壊までの「冷戦」が、いかに21世紀まで影響しているかが論じられている。1950年代のマッカーシズムを「アメリカの悲劇」として描いているが、これがテロ予防戦争の全国民盗聴などにつながっていくのかと思う。
      1962年のケネデイ、フルシチョフキューバ危機は、戦略的妥協で核戦争は防止されたが、この分析も新資料で描かれている。21世紀になりアメリカはキューバと和解したが、核ミサイル軍縮は21世紀にも解決されていない。核戦争抑止は、キューバ危機時代よりも、弱まっていると思う。
     19707年代のキッシンジャーニクソン外交政策を取り上げた「幻影に憑かれた男」は面白く読めた。ソ連とのデタント(緊張緩和)、中国との国交、ドル変動相場制移行、ヴェトナム和平など、地政学的戦略による「力の均衡外交」の背後をさぐり、大国中心がいかに周辺・後進国に悪影響を与えたかも見ている。アメリ国益第一主義はによる一極支配をねらったが、アメリカを逆に孤立化させていく。
     ジャット氏は冷戦を1920年代のレーニン主義共産主義と西洋的民主主義の対立という長期的視野でとらえ、さらに、「冷戦後」のグローバリゼイション、民族浄化、宗教的過激主義、テロリズムなどの起源をみようとしている。
     ジャット氏は、二〇世紀の新自由主義的市場第一にたいして、国家の公共サービスや、所得格差など分配の公正などの必要性を21世紀国家像としてあげている。(NTT出版、河野真太郎ら訳)