坂井豊貴『多数決を疑う』

坂井豊貴『多数決を疑う』

    多数決は、一見民主主義のように見える。多数決は本当に国民の意思を適切に反映しているのか。坂井氏の本は、社会選択理論によって、多数決の精査と、その代替案を検討した力作である。
    多数決のもとでは有権者は、自分の判断の一部しか反映しない。常に票を「一番」集めた候補者のみ当選し、二番、三番への同感があってもゼロになる。ゼロサムゲームなのだ。とくに小選挙区制だと、2014年衆議院選挙で、自民党は全国投票者のうち、約48%の支持で、約76%の議席を得てしまうことになる。
   代替案としての例を、坂井氏は「ボルダルール」という制度として挙げている。1位に3点、2位に2点、3位に1点というように、順位に等差のポイントをつけて加点していく方式である。サッカー予選リーグなどで使われている。これだと「票の割れ問題」には強い。
   フランス革命時代にボルダやコンドルセによって多数決からの脱却が試みられた理論を、坂井氏は丹念に検討していく。面白い。2001年米国大統領選では、有利だったゴアが、ブッシュに僅差で敗れた。ラルフ・ネーダーの立候補で、ゴア票が割れたからだ。
   ボルダルールは現実に世界で実施されている国もある。スロヴェニアキリバス大統領選などだ。だが、このルールにも問題はある。坂井氏は多数決の暴走への歯止めとして、①熟議的理性の行使が可能なものでなければならないし、少数派の排除は多数決ではきめられない②憲法による立憲主義、多数決より上位の審級を防波堤とする③衆参両院のような複数の機関で多数決にかける④多数決のハードルを過半数より高くするなど挙げている。
   私は、ケネス・アローと、村上泰亮らの「不可能性定理」を、この本で初めて知った。それは「二項対立性と満場一致性を満たす集約ルールは、独裁制のみである」というのだ。また最適の改憲ルールは64%まで高めるという計算も、坂井氏は述べている。
   坂井氏は、現行制度の固定観念が強くても、それはまぼろしの鉄鎖に過ぎないという。「多数決」を疑い、さらに国民の「一般意思」を反映する集約ルール、真剣に考える時が来ていると思う。(岩波新書)