バレンボイム/サイード『音楽と社会』

バレンボイム/サイード『音楽と社会』

     20世紀末から21世紀にかけておこなわれた、指揮者バレンボイム比較文学者サイードとの対談であり、名著である。バレンボイムは、ユダヤ人でアルゼンチンに生まれてイスラエル国籍で、ベルリンに住む。
     サイードパレスチナ人でエルサレムに生まれカイロで育ち、アメリカに住み、コロンビア大学教授を歴任し、2003年白血病で亡くなった。『オリエンタリズム』(平凡社)は、20世紀の古典だ。
     原題は「相似と相反」だが、音楽を中核に二人のコスモポリタンが白熱の対談を繰り広げていて、読んでいてスリルを感じるほど深い思索がある。音楽とは何かを、コントラストや速度そして沈黙から論じ、また「移行の美学」から論じるとき、二人がこの社会での移行者であることを痛切に思わせる。
     二人の相似は、西欧クラシック音楽という芸術に深くかかわっており、文化、芸術、政治にも西欧批判とともに古典音楽への賛美がある。特に、ベートーヴェンとワグナー論は凄い。    バレンボイムは、ベートーヴェン交響曲ピアノソナタ、協奏曲全集を録音でだしており、ワグナーのオペラもCD、DVDで全編出しているから、その論点は迫力がある。ただし20世紀の無調性音楽に関しては、両者に温度差がかんじられたが、ホームに帰還できない「難民音楽」と考えているのは面白かった。
    ワグナーの両義性である反ユダヤ主義とオペラ革命についても、サイードの「バレンボイムとワグナーのダブー」という文章を最後に収録していて、わかりやすい。2001年、イスラエルではナチの音楽として上演されなかったワグナーを、バレンボイムが「トリスタンとイゾルデ」の抜粋をベルリン国立歌劇場管弦楽団により演奏した
    これには賛否両論が沸き起イスラエルの政治家からの攻撃は強かった。この点に関して、二人は音楽とナショナリズムの問題を論じていて面白い。
   二人はイスラエルパレスチナの若き音楽家のワークショップも、セルビアで開いているという。民族間敵視が、音楽で和解と連帯に転換していくのか、重要な問題を含んでいると思う。(みすず書房、中野真紀子訳)