ブレヒト『アンティゴネ』

ブレヒトの劇(2)
ブレヒトアンティゴネ
   ナチス第三帝国の崩壊後にブレヒトが、ギリシア悲劇ソポクレス原作・ヘルダーリン独訳の『アンティゴネ』を改作した劇で、傑作である。原作とはかなり変わっているとこもあるが、大筋は踏襲している。
   テーバイの王クレオンを劇中で「総統」と部下が呼ぶから、ヒットラーをイメージしている。戦争をビジネスと考え、隣国の鉄資源(いまなら石油か)を求め侵略戦争をしかける。最初は大衆も勝利に歓呼する。大衆の日和見主義、利益主義、観客ポピュリズムなどは、この劇では「コロス」の合唱で演じられる。ブレヒト劇は音楽劇でもある。
   クレオン王の姪で、あの呪われたオイディプスの娘アンティゴネは、兄弟が戦争に参加し、兄は戦死し、弟は逃亡兵になり殺される。クレオン王は、逃亡兵の死体の埋葬を禁じ、野ざらしにするという命令を出す。アンティゴネが、人間として肉親を埋葬するのは当だと「たった一人の反乱」で、王に反抗し、岩窟に閉じ込められ、首を吊る。
   この埋葬が、訳者・谷川道子氏がいう「脱走兵を支持する論理、(私=西島はべ平連を思い出す)侵略戦争の犠牲者を為政者が祀ることを拒否する論理(私は靖国問題を思う)為政者の侵略戦争に反対する論理、為政者の国家の論理に反対する愛国の論理(私は反安保愛国主義を考える)」になっていくという指摘は的確である。
   アンティゴネフェミニズムの実践者だが、上流貴族階級であり、民衆のコロスでも冷ややかに傍観者的にみられる。アンティゴネも「肝っ玉おっ母」的な両義性の存在として、ブレヒトは描く。クレオンの息子でアンティゴネの許婚ハイモンは、父王の命令に反対し自殺する。ハイモンや、アンティゴネの妹イスメネの役割が弱いと思う。
私はこの劇の主役は。大衆の「コロス」だと思う。ナチズムに熱狂していった市民大衆、侵略戦争に歓呼した市民大衆、「バッコスの祭り」で、快楽と功利的幸福を追い求めるコロスは、ギリシア悲劇とは違う20世紀演劇を感じさせるのだ。谷川氏の長文の解説は、分析が深く参考になる。(光文社古典新訳文庫、谷川道子訳)