フィリップ・ハウス『なぜ蝶は美しいのか』

フィリップ・ハウス『なぜ蝶は美しいのか』

      蝶は驚異的な生物である。何千キロも飛んで繁殖する。太陽を羅針盤として正しい方向をみつける。1億匹の集団移動するアメリカのオオカバマダラの凄さ。
      この本は、蝶の羽の多様な美しい模様を、世界中の蝶や蛾の多数の写真を添えて描いた自然誌である。自然は素晴らしい芸術家と思ってしまう。だが同時に、英国の高名な蝶学者であるハウス氏は、生物進化学の視点で、なぜ美しいのかを解き明かしてくれる。
      大きな写真をみるだけでも楽しい。クジャクチョウの目玉模様、タテハチョウの赤と黒、毒を溜め込む美しきマダラチョウ、青色の幻光色を放つモルフォチョウ、白と黄色のモンシロチョウ、ツバメの尾に似た模様をもつアゲハチョウ、大きな目玉模様を持つヤママユガ。私は疲れたときに、この本を開き蝶の美しさを見ると癒されるのだ。
      ハウス氏は、こうした細密画のような美的模様が、いかにして出来たかを解明してくれる。人間には美とみえるものが、鳥などの捕食者を欺くための「擬態」であるという見方をハウス氏は採っている。捕食者に錯覚を与える詐欺的なサバイバルの防衛手段だという。
      鳥の視覚との相関関係で模様は進化し、目くらましのため目玉模様により、他の生物に変身したように見せる。また毒性のある生物に見せる。仮装のシンボルとしての模様。鳥や動物に見える模様もある。
      食虫性の鳥に、ハチや有毒蛾、ヘビに似た擬態と描く。ベイツ型擬態、ミュラー型擬態といわれる。ハウス氏は「サチュロス擬態」という。サチュロスギリシア神話の体半分が人で、他半分が山羊だが、この両義性を蝶の羽模様は採っているというのだ。クモ、毒カエル、猛獣の目や頭、コウモリ、タカの羽、ドクヤスデ。たしかにロールシャハ・テストではないが。見方をかえればそう見える。
      シュール絵画やマルグリト、エッシャーの騙し絵のようだ。同時に美には、有毒性をもつものも多い。メルボネドクチョウは、赤、黒、白の模様で美しいのだ。両義性のシンボルとしての暗号。これを解こうと数秒躊躇する鳥は、蝶を逃してしまう。(㈱エクスナレッジ、監修・加藤義臣、相良義勝訳)