伊福部昭『音楽入門』

伊福部昭『音楽入門』

      作曲家・伊福部昭といえば、映画「ゴジラ」の映画音楽で有名だ。だが、2014年に生誕100年記念がなされた戦後日本の偉大な作曲家の一人である。アイヌ音楽にも影響を受け、日本の大地(特に北海道)に根付いた伝統を踏まえた作品を、多く作っている。「ヴァイオリン協奏曲第二番」「SF交響ファンタジー第一番から第三番」「日本の太鼓」「アイヌ叙事詩に依る対話体牧歌」など素晴らしい曲だ。
      この本は、伊福部が1951年に書いた名著で、1985年、2003年、2014年と再版され続けている。2014年版の片山杜秀氏の解説によれば、「反時代的な」音楽論で、最終章「音楽の民族性」は特筆すべきだと指摘している。小林秀雄モーツァルト」のロマン主義的・文学的音楽論や、山根銀二「音楽美入門」のようなマルクス主義的・社会学的音楽論に、批判的な視点で書かれているというのだ。
      伊福部は「音の即物性」を重視し、民族の伝統を重んじ、原始的な音楽の律動性を旋律、和声よりも感じ取る伊福部作品の主張が、この音楽論でかなり表現されているように思えた。だが、この本は伊福部の音楽にたいする考え方の上に立った音楽入門書であり、音楽鑑賞者の手引きでもある。音楽の起源から、音楽の素材と表現、音楽における形式、純粋音楽と効用音楽、現代生活と音楽にまで及ぶ。
      私は、この本の半分近くを占める「音楽観の歴史」という古代から19世紀の音楽史と、20世紀の「現代音楽の諸潮流」が、伊福部の独自の見方を示していて面白かった。西欧音楽を、東洋や日本の音楽の視点を踏まえ、覚めた相対的な目で描いていく。20世紀の現代音楽も、無調主義、機械・騒音主義、微分音階主義からジャズまでも論じているが、音楽を人間存在の生命力の根幹から捉えようとする伊福部は、決して同調していない書き方である。
      私は、戦後日本の偉大な作曲家・武満徹と、伊福部の共通性と相違性を考えてみたくなった。(全音楽譜出版社