木田元『マッハとニーチェ』

木田元『マッハとニーチェ

    哲学者・木田氏は、20世紀思想を形成したのは、世紀転換期の知的空間でのマッハとニーチェだとしている。それが、フッサール、ハイデカー、ウィトゲンシュタインの思想に連関していく。私は木田氏の本で、ウィーンの哲学者・マッハの思想が、アインシュタイン相対性理論ウィーン学団論理実証主義、ケルゼンの純粋法学、レーニン思想、フッサール現象学に大きな影響を与えたことを知った。さらに、作家・詩人のホフマンスタールヴァレリームージルまで感化を与えたと述べている。
      19世紀から20世紀への世紀転換期の物理学、心理学、哲学の転換を横断的な視点で描いていて、世紀末ウィーンの精神風景として読んでも、その大転換が面白く読める。それまでの力学的自然観や、形而上学や超越論、実証主義とは違う思想がマッハによって形成される過程も面白く読める。
     マッハ思想は、日本ではレーニンの『唯物論と経験批判論』で、ロシア・マッハ主義の元祖として批判されたぐらいしか知られていない。だが木田氏によれば、相対性理論現象学、さらもゲシュタルト心理学論理実証主義また構造主義にいたる現代思想の元祖になっている。
     マッハ思想は、現象学的物理学を目指す。物理学の対象は、感官を通した感覚的諸要素の相互の関数的に依嘱した複合現象である。熱力学も電磁気学も化学も光学もそこから出発する。感性的要素一元論といってもいい。物体が感覚を産出するのではなく、感覚複合体が物体をかたちづくる。自我も特殊な物体である身体と結びつき、記憶、気分、感情などが比較的強固に連関して形作られた複合体となる。
     色、音、熱、圧、時間、空間という感性的要素によっての構成された仮説的・経験的な生理的なものになる。認識は相対化され、現実と仮象、実在と現象の区別は意味を失う。真偽の絶対的区別はなく、有効性の相対的区別のみだ。真理と虚偽ではなく、「認識と誤り」になる。
    木田氏の本が面白いのは、マッハとアインシュタイン、マッハとフッサール、マッハとレーニンなどの思想的相関関係に深く踏み込んで書いてあることだ。ニーチェの「力への意志」の関係も興味深い。表現主義芸術との関連も重要な指摘だと思う。(講談社学術文庫