廣野由美子『批評理論入門』

廣野由美子『批評理論入門』

    小説の読み方・解釈は読者の自由である。だが、批評理論となると「現代思想」になる。だから数多くの理論が生まれる。廣野氏は、題材をメアリ・シェリー著「フランケンシュタイン」にとって、「小説技法編」と「批評理論編」の二部にわけ説明してくれる。とてもわかりやすく、面白く読める。
    「フランケンシュタイン」という小説が、こんなに奥深く読めるのかと廣野氏の本で知った。「小説技法編」では、ストーリーとプロットの違い、語り手、焦点化、時間、性格描写、アイロニー、から、反復、異化、間テクスト性メタフィクションまで及んでいる。廣野氏が、坪内逍遥小説神髄」にならって「新・小説神髄」と題名をつけようとしたかがわかる。小説を書く人にも便利でもある。
     だが、私は「批評理論編」が興味深かかった。80−90年代にかけて、日本でも様々な批評理論が取りざたされたのを思い出す。作家・筒井康隆氏が『文学部唯野教授』(岩波現代文庫)で、パロディ的に書いていた。廣野氏はアカデミックな視点で、それも「フランケンシュタイン」という小説に引き付けて、解読していくのも面白かった。
     ジャンル批評、読者反応批評、脱構築批評、精神分析批評、フェミニズム批評、ジェンダー批評、マルクス主義批評、文化批評、ポストコロニアル批評、新歴史主義など、現代思想とみな関連しているから、深く難しい。だが、廣野氏の手法だとよくわかる。
     例えば脱構築批評では,生と死、美と醜、光と闇、善と悪、創造主と被造物の二項対立の境界が「フランケンシュタイン」ではいかに解体していくかが説明され、決定不可能性がどう現れるかを、具体的な文体を挙げて説明してくれる。フェミニズム批評では、メアリが女性として書くことと、夫で詩人のシェリーの作品への関与だとか、怪物が生まれる小説と、メアリの出産と母性さらに幼児を3人喪うこととの関連まで述べられている。
     文化批評では、フランケンシュタインが、演劇や映画化でいかなる変貌を遂げたかにも触れられている。新歴史主義では、同時代の「人間機械論」や「化学講義序説」との連関について解読されていく。廣野氏が、フランケンシュタインという小説を材、批評理論を解説したのは成功している。(中公新書