高田文夫『誰も書けなかった「笑芸論」』

高田文夫『誰も書けなかった「笑芸論」』

  脚本作家・高田氏は「オレたちひょうきん族」や「ビートたけしオールナイトニッポン」など多くのテレビ・ラジオ番組を手掛けた。いまも「高田文夫ラジオビバリー昼ズ」というラジオ番組を続けている。この本は「笑い」とともに生きた60年間の体験的(自分史的)笑芸史である。大衆芸能論でもあり、東京芸能史でもあり、笑芸とはなにかを探った本でもある。
   高田氏は渋谷生まれで世田谷育ち、今は麹町に住む。だから「江戸っ子芸人」と親密だし、この本で多く登場する。子供のとき千歳船橋森繁久弥の豪邸近くに住み、小学生時に邸宅に忍び込み、森繁に叱られ、生まれた子猫を庭に捨てたいきさつが面白く書かれている。
江戸っ子芸人が多数出てくる。お笑いの都会性は、大阪に匹敵する。笑いは落語と同じように、東京や大阪の地方文化だという。少年時代から新宿本牧亭に出入りしているだけあり、山の手小僧という高田氏は、浅草とともに新宿の芸人を重視している。
江戸っ子芸人では、三木のり平渥美清立川談志古今亭志ん朝三波伸介林家三平などとの付き合いは面白く書かれている。ビートたけしも江戸っ子芸人だが、1980年代漫才ブームのきっかけになったたけしを見出し、ラジオで「たけしのオールナイトニッポン」をともに作っていった「ビートたけし誕生」は読ませる。
山藤章二氏が「漫才はフイクションからノンフィクションに変わった」といったが、高田氏も同感している。また、アドリブによる即興性。おかしな動きやセリフがあったら、すかさずつっこんでいく職人芸で、「笑いに完成形を求めず、喜劇は完成した瞬間に面白くなくなる」という。笑いは即興演奏を重んじるジャズなのだ、
ハナ肇とクレージーキャッツコント55号ザ・ドリフターズなどの高田氏の付き合いとなども、逸話をふんだんに盛り込み面白く読める。
また永六輔大滝詠一森田芳光景山民夫坂本九との交際と、彼らがいかに笑芸に関心が深くコミットしていたこも、この本で初めて知った。戦後ラジオ、テレビ論としても、おおくの示唆を与えてくれる。(講談社