中垣俊之『粘菌』

中垣俊之『粘菌』

   イグ・ノーベル賞という面白い賞がある。この賞は、自然科学で人々を笑わせ、次に考えさせる研究成果に与えられる。中垣氏はこの賞を2回も受賞している。単細胞生物の粘菌が、迷路などのパズルを解けるし、関東圏の鉄道網のようなネットワークさえ作る「賢さ」をもつという研究による。
   この科学のユーモア性を重視したイグ賞の受賞式典を、中垣氏は書いている。スピーチも笑いを取らなければならないし、ともかくイベントとしても愉快である。科学研究には、常識を破る意外性や、遊びのユーモア性があるから、お笑いと親近性があるのかもしれない。
  「粘菌」は、どこにも存在する単細胞のアメーバである。中垣氏は25年も研究し、人間もアメーバも自然現象で似ている「賢さ」があることを実証した。脳も神経細胞ももたない粘菌が、自律分散的なシステムで迷路解きなど、最適化の認知行動を行うかはすごいものだ。粘菌は困難な状況に陥っても、立ち止まり逡巡し問題解決していく。
  分裂や多核体形成や管のネットワークで「社会的」行動さえ行うアメーバの生態を、中垣氏は、様々な実験で明らかにしていく、その上で、不安定性から自己組織化で秩序をつくりだす「反応拡散系の形づくり」を、コンピュータ科学者のチュ−リングの神経の信号を伝える仕組みまで広げて考えているのは興味深い。
  中垣氏は、「ヒトは粘菌から学べ」という。「知的感受性」や「問いの発見」、大雑把な「一次的近似」思考の重要性、はみ出すことの大切さなど、私も[年金生活]だが、[粘菌生活]をしたくなった。この本の副題は、「偉大なる単細胞が人類を救う」というユーモアのある表題になっている。(文春新書)