D・ロックフェラー『回顧録』

D・ロックフェラー『ロックフェラー回顧録

  石油王ロックフェラーの三代目デイヴィッド氏が、2002年に88歳の時に刊行した回顧録である。20世紀のアメリカの現代史の一側面として読んでも面白い。同時にアメリカの「華麗なる一族」であるロックフェラー家の家族・兄弟の記録としても、小説よりも面白い資産をめぐる葛藤が記されている。また、デイヴィッド氏が長年経営に携わった国際金融資本のおおもとのチェース・マンハッタン銀行の在り方もクールに描かれていて、ウオール街の資本主義がいかに世界市場を牛耳っていくかもよくわかる。
  チェース銀行が金融資本の「現代化」で、国際化と、金融商品化、投資信託化を1960年代にいかに経営刷新していったかがよくわかる。ハーバート大学で、経済学者のシュンペェターの弟子だけはある。だがそれがリーマンショックでいかに崩壊したかを知っている私は、複雑な気持になる。
  この回顧録に価値があるのは、デイヴィッド氏が国際金融資本家として、20世紀の世界100国以上を歴訪し、重要な世界の政治家、財界人など要人と会談している記録である。兄ネルソンは、ニューヨーク州知事から副大統領になったが、デイヴィッド氏は政治家にはならなかった。だが、回顧録を読むと、「誇り高き国際主義者」というように、銀行家としてのビジネスをもとに、かなり深く国際政治にかかわり、大統領に情報など進言している。
  ソ連フルシチョフ、中国の周恩来、エジプトのナセル、サダトキューバカストロ、サウジやヨルダンの国王、イラクフセインまでも面談している。回顧録では、イラン国王シャーの問題に一章が割かれ、ホメイニ革命で国を追われた国王の亡命先を見つけるかの苦労が回顧されている。アメリ入国で病気療養をさせたため、大使館人質事件が起きたことも興味深い。
  兄弟間の対立も淡々と書かれている。長兄ジョンが社会的弱者の救済を重視し「サロン左翼」に傾き、次兄ネルソンが共和党としてアメリカ体制擁護という対立が、ロックフェラー兄弟基金という資産の闘争にまで発展する。
  デイヴィッド氏が仕事で不在がちのためか、さらにベトナム戦争当時に大学生になった6人の子供が父への反抗からか、リベラルになっていき「父と子」の対立になる家庭内の悩みも誠実に描かれ、その和解と四代目の各人が個性ある仕事に入っていくプロセスや、先立たれた妻ペギーに最終章で深く敬意をもって書かれているのは、誠実な回顧録だと思う。
また、ニューヨーク都市再開発で世界貿易センターを建設し、後書きで9・11テロにより崩壊することを目撃したことを書く。ロックフェラー・センターの日本三菱地所売却、さらに近代美術館(MoMA)の美術品収集と拡充というメセナ的事業にも詳しく触れられていて興味深い。
  大富豪ロックフェラー一族として、常に注目をあび、批判されながら、この回顧録ではクールにビジネスとともに、社会奉仕や慈善事業を自らの在り方として描いたのは、デイヴィッド氏の人柄と責任意識にあると思う。(新潮文庫、上下巻・楡井浩一訳)