浦田一郎・前田哲男・半田滋『集団的自衛権』

浦田一郎・前田哲男・半田滋『集団的自衛権
   私の学生時代に、60年安保闘争という伝説的な反戦平和運動があった。冷戦期でもあり、戦争に巻き込まれるという不安もあった。安倍首相の祖父・岸信介首相の時、集団的自衛権が初めて出てきた。日米の集団的自衛権の行使の駆け引きは、「極東の範囲」「自衛隊の共同作戦」「事前協議」などで、運用面の闇の領域=安保密約の世界が作られ、基地提供から人の提供まで「既成事実としての集団的自衛権容認」の方向に、にじり寄ってきたと、前田氏は指摘している。
   ベトナム戦争での基地使用は、事実上の集団的自衛権容認であり、1978年の「防衛協力の指針」における「日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米協力」は、その後の「シーレーン防衛」「米艦隊の洋上護衛」につながって行くと、前田氏は指摘する。
  冷戦以後、1996年「日米安保共同宣言」で、「安保再定義」で「新ガイドライン」が作られ日米同盟となる。すでに「戦後レジーム」は超克されていた。小泉首相は「テロ特別措置法」「イラク特別措置法」で、自衛隊海外派兵の道を開く。
  安倍首相の安保法制(新事態法、後方支援恒久法、米艦隊以外の艦船防衛、武器使用基準の緩和、日本周辺以外の船舶調査など)は、この60年以上にわたる自民党右派の悲願だったことがわかる。米・豪・比・韓・日などの「太平洋条約機構」の布石ができつつあるのかもしれない。
   浦田氏は憲法との関係で、「集団的自衛権国際法保有しているが、憲法上行使できない」が政府見解としても規定されてきたし、憲法9条の存在が政府の自衛権を強く規定してきたと述べている。自衛隊の戦闘参加を制約してきた。坂田雅裕・元法制局長官のインタビューも収録されているが、憲法による法治主義に反する集団的自衛権法制の矛盾をついている。
   「満州事変」を戦争でないといい、海外派兵と戦線拡大に邁進した昭和期の歴史が、私には蘇ってくる。集団的自衛権安保法制の前に、近隣諸国の中国・韓国と、「非戦・不可侵条約」を締結すべきなのではないのか。それが安全保障の先決問題である。被害妄想だろうか。(岩波書店岩波ブックレット