フランク・ライアン『破壊する創造者』

フランク・ライアン『破壊する創造者』

   驚くべき本だ。ウイルスといえば、エイズエボラ出血熱、インフェルエンザなど引き起こす「破壊的生物」と見られているが、ライアン氏は、ウイルスが自らの遺伝子を宿主DNAに逆転写し、生物進化に重要な役割をして「共生」しているのだという。
  そういえば最近、東大医学研究所で、脳腫瘍の患者の癌細胞にウイルスを感染させ破壊する「ウイルス療法」を始めると発表した。ライアン氏はこれまでの進化の要因といわれる「突然変異」「自然選択」に加え、ウイルスとの「共生発生」さらに「異種交配」「エピジェネティクス」を推進力として追加している。もしこれが正しいなら、ダーウィン以来の通説に対して新たな革命になり、さらに絶滅したラマルクの獲得形質の遺伝も浮上してくる。
  ウイルスは人間の敵か味方か、破壊者か創造者かという両義性が、遺伝学、ウイルス学、共生学など横断的な視点で論じられていく。ヒトゲノム31億文字の「DNA―RAN―タンパク質」という中心ドグマは、たった2%しかタンパク質を作らず、残り98%は謎である。このなかにウイルス共生が存在する。ミトコンドリアの細胞共生が、遺伝子にもあることになる。
  ヒトとウイルスの共生進化が、いま多くの研究者により解明されつつある。ライアン氏は、それを克明に描いていく。スリルがあり面白い。ヒトと結合した「内在性レトロウイルス」が詳しく書かれ、さらにエイズや自己免疫疾患、精神疾患、癌との関係と、その治療の可能性まで触れられている。医学も遺伝子治療の時代に成ってきている。
  さらに、遺伝子を操る魔神として、後天的な環境など作用により遺伝子の発現が、「オン」「オフ」に制御されるという「エピジェネティクス」も描かれている。遺伝子中心主義から、後天的な遺伝子変化が「メチル化」などで生じるとすれば、獲得形質遺伝のラマルク説が復活してくる。
  ライアン氏の主張は今後大きな議論を呼ぶだろう。この本でも1970年代に日本の大野乾氏の「遺伝子重複の進化」論が、先見的研究として紹介されている。(早川書房、夏目大訳)