金時鐘『朝鮮と日本に生きる』『猪飼野詩集』

金時鐘『朝鮮と日本に生きる』
金時鐘猪飼野詩集』

   「それでも焼かれた流浪を知るまい 骨が怨んだ焼き場のような 猪飼野どまりの生涯を知るまい」(「イルボン サリ」猪飼野詩集)
  釜山生まれで85歳になる在日朝鮮人で詩人の金時鐘氏が、済州島から大阪・猪飼野で生きた自分の人生を書いた。一人の在日の人生史であると共に、激動の貴重な記録にもなっている。
  金氏は、日本統治下の済州島で育つが、天皇を崇拝する皇国少年だった。ハングル文字も知らず、小学校で日本語を教え込まれた。小学唱歌や和歌・俳句さらに藤村や白秋の抒情の音調律の日本語に惹かれていく。金氏は「私の植民地」と述べている。宗主国の日本語と日本精神に傾倒していく金氏に、突如日本敗戦の「解放」が来る。
  解放後の朝鮮のなかで、金氏は、母国語を初めて学習していく。最初の民族詩人・李陸史に傾倒する。朝鮮人として目覚めた金氏は自主独立運動に参加し、南労党と朴憲永の活動家になる。
  だが、冷戦が始まり、朝鮮はアメリカ軍政になり、南朝鮮の単独選挙に反対し、済州島は「アカの島」というので、ゼネスト白色テロの対立が吹き荒れる。韓国と北朝鮮の南北分裂国家が樹立する1948年4月3日に武装蜂起が起こり(「4・3事件」)、3万から5万人の島民が死ぬ。たしか金石範の小説『火山島』でも書かれていた。
  この本のクライマックスは「4・3事件」で、金氏がいかに闘い逃亡し、密航船で大阪・猪飼野にたどり着いたかの記述にある。最近になりこの虐殺事件は、次第に明るみにでてきている。  奇跡のように生き延び、大阪の在日の集落にたどり着き、苦難のなかで生き、在日朝鮮学校で教え、日本語で詩を書く文学活動を行い、在日の独自性を述べる金氏に、朝鮮総連から「民族虚無主義・反組織分子」と批判される。
  金氏が韓国籍を取得し、故郷・済州島を訪問したのは、49年ぶりだった。日本の戦後とは異なる歴史を生きた金氏の本は、いまだ南北分裂の朝鮮民族の相克の歴史と共に、苦難の人生を反映している。
  作家の安岡章太郎がこの詩集が出たとき、「言葉とは内奥にそのような血腥いものをひめている」と述べている。在日を生きるとはどういう事かがわかる。(どちらも岩波書店