キティ・ハウザー『僕はベーコン』


キティ・ハウザー『僕はベーコン』
   
20世紀アイルランド生まれの画家フランシス・ベーコンの絵は、パンク的だ。映画監督リドリー・スコットやデヴィト・リンチ、ベルトリッチの映像にも影響を与えた。スコットの「エイリアン」を見たとき、ベーコンの肖像画から出てきたような感じを、謎の生物エイリアンから受けた。
     ハウザーは、ベーコンの絵の創作や影響を見事にまとめていて面白い。ダブリンに馬の調教師の子に生まれ、虐待され、ベルリン、パリなど放浪。徘徊した。美術教育も受けず、インテリアデザイナーから画家になったベーコンは、ナチス時代の西欧で独創的に生きていく。
     ベーコンといえば、同性愛者で有名で、数多くの男の愛人との壮絶な残酷な暴力をともなう愛を遍歴し、その肖像画を遺している。ハウザーは、その壮絶な倒錯愛を描いている。ベーコンは、「すべては無意味だ。だったら異常でいるほうがましだ」という言葉をはく。同郷の作家・オスカー・ワイルドの同性愛よりも、暴力的で残酷な愛だ。
    哲学者・ドゥールズは、人間の動物性を表現したいというポスト・ヒューマニズムのベーコンの絵を論じている。捕虜・強制収容所の虐待やテロ・戦争の虐殺の時代の残酷性を、人間の肉体の溶解として描いていくベーコンは、西欧絵画の伝統を脱構築している。
    ハウザーの本で、ベーコンがベラスケスの絵画を高く評価し、キリスト十字架刑や教皇イノケンテイウス10世像から肉体が溶けた肖像画を描いたとのべている。法王像は、法王が玉座で叫んでいる絵だが、私はムンク「叫び」に匹敵する20世紀の叫びの傑作だと思う。(パイ・インターナショナル社、キティ・ハウザー、金成希訳)