杉山正明『大モンゴルの世界』

杉山正明『大モンゴルの世界』

   グローバル時代に入った今、欧米中心史観の「世界史」は大きく書き換えられようとしている。その一局面として重視されるのは、13世紀のモンゴル帝国であろう。ユーラシア大陸に、海と陸のグローバル帝国を作り上げ、世界史の分水嶺になった。
   杉山氏は、中央アジア史の大家である。「大航海時代」も「モンゴル時代」を前提にしなければ考えられないし、モンゴルにより確立された国家システムは、ユーラシア大陸諸国家に引き継がれ、世界の統合化の歴史を開始したと指摘している。だが、モンゴル史の史料は、漢文、ペルシア語の二大史料群のほか、20数カ国に及び、広大な空間を含み全貌を捉えるのは難しい。この本は、その先鞭をつけた書である。
  中国、ロシア、インド、イスラーム諸国は、モンゴル帝国分水嶺になっている。ヨーロッパは、西の辺境に過ぎない。21世紀以後の世界史は、ここから始まるかもしれない。
  杉山氏の13世紀モンゴル史を読み、いくつかの知的示唆をえた。列挙する。
  1 遊牧騎馬民族が世界帝国を創り出す組織力を持っていた。ジンギスカンが、乱立する部族集団のなか2年あまりで、モンゴル高原を統合する。杉山氏は、抗争の調停者、組織者としての能力の持主と、ジンギスカンを見ている。遊牧指導者は牧民の支持が重要となる。遊牧民の人間集団(ウルス)を、「千戸制」に組織し、軍事と行政系統を結びつけ、一族分封にし、「ケンク制」という強固な近衛軍であり、エリート層の独特な人間組織を作った。
  2 人種、民族、宗教差別はなく、「仲間になる」という融通性と現実的弾力性に富んだ合議による人間組織を形成した。多人種混合は、征服軍にも征服地軍隊を加え、「多国籍軍」にした。実力・能力主義の拠点づくりを行った。杉山氏によれば、戦争国家だが、破壊者、残酷な殺害のイメージは、虚構が多いという。
  3 1260年のクビライ王朝は、「新しい世界像」を創り出した。中国統合により、遊牧と農耕、陸と海の多元国家を形成し、ムスリム商人を抱え込み(イスラームからの移住は百万人と多数)重商主義帝国となる。大都(いまの北京)を、ブラジリアのように計画都市として創る。ローマ帝国のように道路や運河を新設し、駅伝制も充実させた。物流をグローバル化した。
  4 イスラーム圏やロシアもインドもトルコも、中央アジアも、東北アジアも、このモンゴルの時代から、グローバルな影響を受けで、国家として変化していく。21世紀以後に、果たしてモンゴル帝国のようなユーラシア連合はできるだろうか。(角川ソフィア文庫)