池内恵『イスラーム国の衝撃』

池内恵イスラーム国の衝撃』
   
 
    池内氏は、イスーム政治思想史で9・11以後のクローバル・ジハードの分散化のメットワーク構造を分析してきた。また、中東の比較政治学で、2011年の「アラブの春」のアラブ諸国の社会変動を研究してきた。その池内氏が、2014年の「イスラーム国」出現は、この二つが結合し、国家として、領域支配を宣言したことは、中東政治に分水嶺に当たると衝撃を述べている。
   池内氏によれば、20世紀中東政治の分水嶺は①1919年の第一次世界大戦後のヴェルサイユ会議の中東秩序の形成(このときの国境は、西欧諸国により「サイクス=ピコ協定」で恣意的にアラブ、クルドが分断、「イスラーム国」はこれを破ろうとする)②1952年ナセルのクーデタと民族主
   ③1976年イラン革命イスラーム主義④1991年湾岸戦争と米国覇権⑤2001年9・11事件とテロ戦争⑥2011年「アラブの春」と「イスラーム国」の伸長を、分水嶺としている。
   アル=カーイダの分散化や、「個別ジハード」「ローン・ウルフ型テロ」のなか、イラクのアル=カーイダが甦り、ヨルダン人ザルカーウィーによりカリフ制国家を、2020年までに再興する布石が引かれた。この延長上に「イスラーム国」は誕生する。
   池内氏によれば、「イスラーム国」は、グローバル・ジハードの思想と「アラブの春」の政治運動の帰結として生じたと、詳細にその過程を分析していてよくわかる。イラクとシリアの国境地帯になぜ出現したかも詳細に述べている。
   思想的には、ジハート論にしても、終末論・最終戦争論(「満州国」樹立の際の石原莞爾の最終戦争論を連想した)にしても斬新なものはなく、これまで正統なコーラン解釈に乗っ取っているともいう。
   残酷性と暴力性が、全面に西欧メディアでは強調されているが、池内氏は、インターネットを巧みに使った「メディア戦略」をおこなっているという。電脳空間と雑誌「ダービク」には、アメリカ的なメディア戦略が駆使されている。
   私は、この本で人質処刑が、オレンジ色の囚人服を着せられ斬首される映像技術の巧みさの理由を知った。この色の囚人服は米国が、イラク・アブー・グレイヴ収容所やキューバグアンタナモ基地でアラブ人捕虜に着せて拷問したのと同じものなのである。演出も「目には目を」の精神が貫かれている。
   (文春新書)