イーヴリン・ウォー『大転落』

イーヴリン・ウォーの小説を読む①
イーヴリン・ウォー『大転落』

    吉田健一は、『英国の近代文学』(筑摩書房)で、プルースト失われた時を求めて』と、ウォーの小説(『ブライヅヘッドふたたび』)を近代文学の典型だとしている。どちらも上流社会を回想によって描いていく。余裕があるので、近代の厄介な性格をしり、それが自分の生活に心理的影響を与え、自分の時代を知る小説だというのだ。
   私は、その余裕が、ウォーの小説を風刺小説、ユーモア小説にしているのではないかと思う。この小説は、英国近代社会を風刺している。ここでは、無垢な青年が、思わぬ災難に巻き込まれ、転落と再生の輪廻を繰り返しながら、大学やパブリックスク−ル、貴族社会、金儲け社会、ジェントルマン(神士階級)刑務所まで風刺し、さらに友情や恋愛や宗教、教育と次々とユーモアをもって描いていく。
   毒のある風刺のピカレスク小説でもある。楽観的であまり行動的でない青年が、他人による不正で、大学を放校処分になり、パブリックスクールに就職し、校長や同僚教師や生徒のやり取りはユーモアに満ち、私は夏目漱石『坊ちゃん』を連想した。
   上流社会の、ウエールズ人や黒人などの差別発言も風刺されている。貴族階級夫人との恋もユーモアに満ちていて、結局夫人の南米に売春婦を性奴隷として送り込む罪を被って刑務所に入れられる。そこで、刑務所長。看守。牧師、囚人が風刺されていく。英国の官僚システムの風刺も込められている。
   主人公の青年は、ボールテールの小説『カンデット』のように、多事多難にあいながらも、楽天的なのが面白い。人間を追いこむような風刺でなくって、そこに寛容さと余裕をもって、人間の愚かさを距離をとつて、見つめる温かさもある。英国のユーモアの特徴でもある。(岩波文庫富山太佳夫訳)