青山弘之『「アラブの心臓」に何が起きているのか』

青山弘之編『「アラブの心臓」に何が起きているか』

   「アラブの心臓」とは、エジプト、シリア、イラクレバノン、ヨルダン、パレスチナのことである。自由と民主化運動の「アラブの春」以来、この諸国は混沌なドミノ状況にある。青山氏らは、混乱の原因を探ろうとしている。
   青山氏は、その場合、「イスラーム過激派」「宗派」「民主化」「「独裁」「イスラーム主義」「テロ」という概念を、単線的に組み合わせて分析することを避けている。アラブの春を、独裁にたいする自由の革命とか、シーア派スンナ派の対立といった「宗派対立」とも捉えていない。また欧米諸国の覇権主義的干渉(アル=カイダ的見方)も採らない。
  エジプトが「1月25日革命」の権威主義体制崩壊が、軍主導による「6月25日革命」で何故崩壊したのか。「制度外」の市民の街頭デモによる「自由」「安定」の要求の理想が、政治による具体的な「制度内」の実現に結実しない状況が分析されている。
  シリアでは、民主化運動だった反体制運動が、権威主義体制のアサド政権を倒すため欧米諸国がテロリストを輸出し、外国からのテロリストに乗っ取られていく結果(イスラーム国)を招いたと分析する。「独裁」対「自由」と、「独裁」対「人道」というアラブの春が、イスラーム過激派の権力闘争で、21世紀最悪の人道危機になっていく過程を分析する。
  イラクは、宗派対立の争いではなく、分権的明主義体制が、「制度外」の武装闘争と「制度内」の「多数派形成ゲーム」を通して、国家資源の争奪の権力闘争になっていく過程を述べている。
  さらにレバノンの多極共存型民主主義が崩れ、シリア避難民100万人を抱え、諸外国の干渉による主戦場になる危険が指摘されている。ヨルダンは、王制による「緩衝国家」だが、欧米、日本の援助はあるが、周囲からの避難民など多くの問題を抱えている。
  この本は、「アラブの春」が決して問題解決に成らず、権威体制が崩れても、新たな具体的統一の受け皿が存在せず、権力闘争の混沌状況に陥っている「アラブの心臓」の苦悩が映し出されている。(岩波書店