門奈直樹『ジャーナリズムは再生できるのか』

門奈直樹『ジャーナリズムは再生できるか』

    1980年のサッチャー政権以来、英国のジャーナリズムは危機を迎えている。メディア王マードックによる「タイムズ」買収、大衆紙タブロイド・ジャーナリズムの暴露的プライバシー侵害、ゆらぐ公共放送BBC、多発する不祥事、「ガーディアン」紙のCIA盗聴暴露の「スノーデン報道」による国家の安全と市民の「知る権利」の衝突などである。
    門奈氏は、歴史のなかの言論・報道の自由、政治とメディアの関係、テクノロジーの発展とメディアの変化の三点に絞り、丹念に歴史社会学の手法で、英国メディアの再生の道を辿っていく。労作だと思う。日本のメディアを考えるために重要な本だと思う。
    現代政治は、国民の支持を操作するため「メディア政治」の様相を強めた。権力の監視という古典的「第4階級」のメディアに対し、メディア対策と政治広報戦略を荷なう「第5階級」が出現し、既存メディアを揺るがしている。ポピュリズムが強まれば、なおさらだ。
    サッチャー政権以来、BBCへの圧力は強まり、受信料制度から広告収入制まで論議されてきた。国際放送戦略も強められた。さらに、イラク戦争でギリガン記者が大量破壊兵器の脅威を、ブレア政権が煽ったと暴露し、情報操作と取材方法が問題化し、ダイク会長辞任に発展した。
    2011年歴史ある大衆紙「ニューズ・オブ・ワールド」が廃刊に追い込まれた。「ダーク・アーツ」という盗聴やあくどい取材方法で、プライバッシー侵害の訴訟が多発したためだ。マードック王国の一角が崩れた。このため、新聞苦情処理委員会が解体され、政府から独立した「新聞監督機関」が設置された。
    門奈氏は、相次ぐ危機に対し、「公共性」と「調査ジャーナリズム」とが、再生の重要な鍵として、詳しく論じている。さらにもう一つの独立メディア(オルタナティブ・メディア)を論じ、ネットとともに、市民が開くメディアの運動も紹介している。
   「調査ジャーナリズム」は、権力の横暴の監視と、底辺層や、少数で苦しむ人々の報道であり、「オルタナティブ・メディア」は、発信者と受信者の相互作用、共同的生産、人々の日常生活や私的ニーズへの配慮だという。多元的メディアの時代だというのである。(岩波書店