jジル・ド・ヴァン『イタリア・オペラ』

ジル・ド・ヴァン『イタリア・オペラ』

   夜中寝られないとき、オペラを聴く。想像力で舞台を幻想すると、夢を見るようになる。「魔笛」「蝶々夫人」「トゥーランドット」「オテロ」「ばらの騎士」が、いま繰り返し聴く曲だ。イル・ド・ヴァン氏の本は、1600年のオペラの誕生から、ロッシーニヴェルディ、そしてプッチーニのオペラ終焉までを描いている。
   イタリアでは君主の宮廷オペラと興行主の商業オペラの二重性で始まった。祝祭の時の上演から、ヴェネチアのように市場競争システムの営業があった。40都市が劇場を持ち、19世紀半ばで940の劇場があり、劇場都市の文化の中心であった。20世紀半ばに、オペラは大衆化したが、映画、テレビで優位性は失われていく。
   イル・ド・ヴァン氏は、オペラ美学の状況を、感情が合理的なものに優位に立ち、「アリア」のように涙をそそる熱狂的情念を重視し、カストラート(去勢歌手)など歌手が際限なく装飾・即興の歌をまじえ、様式化の慣習、言葉と音楽の一致、舞台の「目の快楽」などを、多層面から分析している。
   17世紀では、モンテヴェルディ、カヴァッリ、メタスタジオ、18世紀はスカルラッティヘンデル、を論じているが、やはり19世紀以後の黄金時代のロマン派オペラに力点が置かれている。ロッシーニベッリーニドニゼッティから始まり、ヴェルディで頂点に達し、プッチーニで終わりを迎えるオペラの「音楽的作劇法」を論じている。
   個人と社会の対決、「メロドラマ的想像力」はロッシーニからであると、ド・ヴァン氏はいう。力動的・抒情的均衡がある。「天上の和声」という理想主義がある。ヴェルディは、オペラ職人から上昇し、独立と個人主義が、イタリア統一・独立という政治的上昇と共鳴している。
ヴェルディでは「マクベス」と「イル・トロヴァトーレ」「ドン・カルロス」を論じ、孤独な個人を主題に、旋律の創造性と劇的感覚の融合の視点から分析している。
      プッチーニは、環境状況が個人を押し潰していく悲劇性が、悲壮感も感傷性を排除しない旋律、パロディを好み、異国的な(アジア)旋法、「ラ・ボエーム」に見られる何も起こらない日常生活を舞台化していくが、次第にオペラは終焉していく。私は、プッチーニは20世紀最後の天才だと思う。(白水社文庫クセジュ、森立子訳)