ブラッドショー『猫的感覚』

ブラッドショー『猫的感覚』

     動物行動学者が書いた猫の感覚や心理を描いた本だ。イヌに関しては、ローレンツ『人イヌにあう』(早川書房)という名著があるが、それに匹敵する。猫の歴史、生態、進化、人間との付き合い方、未来の猫の在り方まで述べられていて、面白い。
     ブラッドショー氏の本を読むと、猫は1万年前に人と出会い、イエネコになったが、イヌとは違い、いまだに野生のヤマネコと、本物の家畜・ペット化への移行過程にあることがわかる。猫はイヌと異なり、感情をあからさまに出さないから、感覚・心理を分析しているこの本は役にも立つ。
     孤独で野生のハンターだったヤマネコが、人間に飼われたのは中近東の肥沃な穀倉地帯で、穀物を食べるネズミ駆除からだった。ペット化は古代エジプトからで、ミイラ化も施され女神など猫崇拝もあったという。中世ヨーロッパでは教会と猫は敵対関係で、ローマ法王は黒猫を悪魔といい、長年虐待が続いたという歴史は面白い。
     イヌは雑食だが、猫は真性肉食動物である。猫に必要とされるたんぱく質の栄養は生殖に不可欠である。35年前から猫にあった市販キャッフードがでたが、野生の狩りの習性―縄張り意識、嗅覚標識、他の猫との競争などーは野生のハンターの感覚を残している。
     ブラッドショー氏は、猫感覚の分析をしている。猫は色感覚は希薄で、聴覚は超音波をふくめ広いし、触覚や平衡感覚も鋭い、だが嗅覚は優れ、ネズミの匂いは勿論だが、雌は雄の尿の中の優れたたんぱく質含有を嗅ぎ分け、肉食の優秀な雄と交尾するという。
     猫は社会的コミュニケーションは不得意で、尻尾を立てる仕草や、お互いに体をこすり、仲間と毛づくろいするなどは、猫が人間と出会って身につけた短期間の進化というのは驚きだ。
     イヌは人間と一緒に働いたが、猫は独立して働いた。人間との関係は生後早い時期から1年以内の子猫段階でしか訓練できないらしい。ブラッドショー氏によれば、人間との関係は、いまだ流動的だという。猫のゴロゴロという喉を鳴らす音は、満足感を伝えるわけでないなど発見もある。
     イエネコが去勢され子孫がいなくなれば、逃げた野良猫の人間を信頼しない野生の遺伝子をもつ猫に、祖先がえりする可能性も未来にあると、ブラッドショー氏は指摘している。(早川書房、羽田詩律子訳)