ゴーティマ『ジャンプ』

ナディン・ゴーディマ『ジャンプ』

     人種差別(アパルトヘイト)と、それへの抵抗がいかに個々人に残酷な生き方を強いたかを、南アフリカの女性作家ゴーディマが描いた短編十一編が収められているこの本でわかる。
     この小説集は、1991年に出版されている。1990年、黒人解放運動指導者ネルソン・マンデラが釈放され、94年黒人初の大統領になる。その中間時期の白人優遇と黒人弾圧からの解放の、不安定な不安に揺らぐ状況が、白人。黒人、混血、さらに男性、女性、子どもの様々な視点で書かれている。
     人種差別がいかに残酷かを、ゴーディマは冷静な筆致で描いていく。「むかし、あるところに」では、白人住宅地を塀で囲み、黒人が侵入しないためカミソリの刃のコイルをはりめぐらせるが、過って小さな息子が巻き込まれてしまう物語。
     「幸せの星の下にうまれ」は、下宿させた外国人と恋仲になり子どもを設けた娘が、子どもと夫の国に旅しようと、空港に送ってきた夫から土産物といってプラスチック製品を鞄にねじ込まれ、それが爆弾で飛行機が爆発する物語。夫が反体制のテロリストと知らなかった。
     「ジャンプ」は、黒人政府が成立したとき、白人右翼グループに入った白人青年が、仲間が黒人少女を強姦するのに耐えられず投降し、そのグループの情報を教えるが、なかなか黒人との平等に馴染めない話である。
     「銃が暴発する寸前」は、白人農場主が黒人使用人と猟に出て、ライフルが暴発し死なせ、黒人差別といわれるが、実は働いていた黒人女性との間でもうけた息子だったという悲劇は、差別社会のねじれた複雑さを暗示している。
     「隠れ家」は黒人解放の運動家が、白人富裕層の郊外の家に偶然退屈している有閑婦人とアバンチュールを楽しみ、隠れ家にするという皮肉な物語だ。人種差別の複雑性と残酷性が、アパルトヘイトの揺らぎのなかで描かれたのは凄い。ゴーディマは亡命せず、南アフリカに留まり、人種差別批判の小説を書き続け、ノーベル賞をもらい、2014年死んだ。(岩波文庫、柳沢由美子訳)