上川龍之進『日本銀行と政治』

上川龍之進『日本銀行と政治』

     上川氏は、この本で日銀がいかに政治に屈服していったかの「日銀敗北の歴史」を描いている。二度の金融緩和の資金流入で、株高円安の状況が「日銀相場」といわれる危うい時期に、この本を読むと、デフレとバブルの循環が来そうな予感を感じてしまう。
     安倍首相は、リフレ論者(政策企業家)をブレーンにしその政策提言を採用し、リフレ論者の黒田総裁、岩田副総裁の人事をおこない、日銀から政策決定の自律性を奪い、異次元金融緩和をおこなった。政権与党は短期的に景気良くし選挙に勝つため、金融ポピュリズムに走りやすい。中長期に見てバクチ的危険だとしても。日本政治が小選挙区制で、首相に権力が集中する「ウェストミンスター型」になれば、中央銀行の独立性は低くなる。
     1998年日銀法改正で、日銀の独立性は一段と強まったが、同時にデフレ脱却のインフレ目標と金融緩和という日銀批判が、政界や市場関係者から強まったのは皮肉である。上川氏は自民党だけでなく、民主党政権下でも、再改正で政治介入を強化すると、日銀を脅してきた経過を追っている。
     この本は、速水優総裁から福井俊彦総裁、白川方明総裁の時代を丹念に描いていて、戦後金融史としても面白い。政治の財政・金融政策の無策を日銀の責任に転嫁していく政治権力にも触れている。速水総裁が「強い円」に拘り、小泉政権にいかに抵抗したか、福井総裁が長期不況打開のため、先手を打って量的緩和をおこなったか、白川総裁時代の2008年金融世界危機に、苦渋の決断でしぶしぶ金融緩和をおこなうが、大規模にはせず、反リフレ論者の白川氏は孤立し辞めていく。
     なぜ日銀がデフレの責任で批判されたのか。財政赤字で機動的財政出動が困難になった政府が、金融政策に頼り景気刺激をもとめたこともあげられる。だが金融政策だけで、失業率は低下しないし、実体経済は回復しない。海外投資家が3割を占めようとする株式や不動産所有者のみが潤うことは、財政規律の緩みを改善せず、バブル再来への道だと、この本を読んで思った。(中公新書