原武史『思索の源泉としての鉄道』

原武史『思索の源泉としての鉄道』

     原氏は日本政治思想史学者で、私も『大正天皇』や『昭和天皇』を読んで、実証に基づく天皇論に多く学んだ。最近は、有名思想家のテキスト解釈による思想史から、鉄道や団地、広場など「空間の政治学」市民・国民の「公共圏を扱う社会論」に力点を置き、多くの著作を書いてきている。「鉄学者」と称するほど鉄道好きで、19年間も鉄道エッセイを書いている。
     この本でも、完全復活した三陸鉄道や、断たれた鉄路の常磐線、JR鶴見線ベニス化計画、東急電鉄のひみつ、旧高千穂鉄道のいま、只見線の乗車はじめ、海外の「ユーロスター」、香港鉄路東鉄線、ベトナム鉄道、ポーランドインターシティの乗者記があり興味深い。さらに架空の内田百輭のような文で甦った寝台特急「つばめ」「はと」乗車文まである。
     リニア中央新幹線に行き着く日本の鉄道の「速度主義」と、目的地までの「無機的運搬手段主義」が、自国の中央集権的なナショナリズムと、経済成長発展主義と結びつき、地域社会の公共圏としての「きずな的鉄道」や、鉄道の旅そのものを楽しむ「文化的鉄道」を、いかになおざりにしてきたかが、原氏の本を読むと感じられる。
ロンドンーパリの「ユーロスター」に乗り、博多―対馬ー釜山の海底トンネルでの連結が、リニアより安いコストで実現できる夢を語る。鉄道が、自国中心のナショナリズム政治学で出来ていることを気づく。ロシアとの宗谷海峡地下トンネルも、「日本海環状線」構想の夢として浮かび上がる。
     東日本大震災と鉄道は、重要な視点が含まれている。三陸鉄道北リアス線に乗り、その復興の早さと、JRのあいまいさと不通の長期化を指摘し、東北新幹線は「権力」だという。南リアス線にも乗り、復興の軌跡を見ながら、車内に地域社会の公共圏を感じる。
あまちゃん」も辛辣なJR批判として取り上げられ、三陸鉄道が高台に敷設されていたため、現行ルートで復旧したのに対し、JRが内陸に移転ルートが決まらず復旧が遅れているとも指摘している。原氏は、BRTという専用バス路線を走る高速バスは、公共圏を壊すと批判的である。常磐線不通に日本の政治を見る。
    藤井聡『新幹線とナショナリズム』(朝日新書)とともに、現代日本を鉄道を原点に思索した力作だと思う。(講談社現代新書