大塚英志『メディアミックス化する日本』

大塚英志『メディアミックス化する日本』

  大塚氏がいうメディアミックスとは、キャラクターや物語が複数のメディアで多元的に語られることをいうと共に、そのようなテキストを、多数が二次創作のように生成する「物語消費」も含んでいる。世界観やキャラクターを二次創作するコミケ・同人誌とともに、その投稿の場を提供するソーシャルメディアの場も入る。
  大塚氏がKADOKAWAとドワンゴの合併を問題化するのは、自由である多元的な発話システヌが、企業に隷属し管理される危険があるからである。Webに移行した物語消費の投稿ユーザーが、スキルも責任もない私企業に一括管理される恐れを述べている。中国のように表現の国家管理も妥当ではないとともに、企業が文化生成システムを管理のおかしいという。
  私はこの本を読んで、大塚氏の1980年代から21世紀までのポップカルチャー論が面白かった。80年代に仮構の世界に「大きな物語」を復興しようとする「サーガ」の捏造が起こったというのだ、
サーガ物語といえば、アメリカ映画「スターウオーズ」が思い浮かぶが、大塚氏は「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」から、小説家中上健次村上春樹までを挙げている。
さらに「大きな物語」の変質からオウム真理教が生まれたという。オウムは超能力の選民思想と、ニセ歴史の捏造物語を作り、世界最終宗教戦争イスラム軍とエルサレムで闘い、教祖は戦死する。なにかいまの「イスラム国」のように見える。
  オウム事件のあと、歴史修正主義という「大きな物語」に回収しようとする物語消費が出てくる。キャラクターについて、田河水泡の「のらくろ」から手塚冶虫まで、デズニーの二次創作から出発しているという。
  三島由紀夫が、キャラクターとして空っぽな身体と「私」の消去の原型を示しており、宮崎アニメについては、ファンタジーが「歴史からの逃避」であり、被害者中心史観の歴史修正主義の台頭という「大きな物語」を創り出してしまう現代日本の危惧から、宮崎駿が引退したという指摘も面白かった。おたく文化は「物語消費」の文化でもある。(イースト新書)