中村哲之、渡辺茂ら『心の多様性』

中村哲之・渡辺茂・開一夫・藤田和生『心の多様性』

    比較認知科学とは面白い学問である。ヒトも動物もAI(人工知能)も同等に扱って、それぞれの特別な脳がいかに外界を認知し、自己認知意識を持つかを比較する。開東大教授は、コウロギはコウロギの脳を持つし、誰かがこのロボットは心を持つといえば、そのロボットは心をもつという。この本は心の多様性を捉えようとしている。
   中村東洋学園専任講師は、鳥(ハトやニワトリ)の視覚の錯視研究を実験で追究し、ヒトとトリは、どのように世界を見ているかを考えている。ハトの実験部屋での苦心の実験は面白いが、この本を読んでもらうことにして、ハトにも錯視があるが、ヒトとは図形によって違という結果が出る。脳の構造や機能処理の違いで、ヒトは全体の関係性のなかでターゲットを見るが、ハトは全体より要素・部分に着目する視覚を持つと中村講師はいう。鳥瞰図でなく、虫瞰図なのが面白い。
   中村講師によれば、ハトも自己認知できるというから、驚きである。渡辺慶応大名誉教授も「ヒト型脳」と「ハト型脳」を比較している。渡辺名誉教授の実験では、ハトはピカソとモネの絵を見分けるという。ハトは細かい差異を見分けるのが得意なのだ。木や花にいる小さい虫や実を見つけ捕える。自己鏡像認知が出来ると、渡辺名誉教授も指摘している。
   哺乳類は嗅球と大脳の増大による嗅覚動物、鳥類は中脳と大脳の増大による視覚の動物といえるが、哺乳類の六層の大脳皮質は複雑な処理をおこなう。だが、鳥類の中脳上丘細胞は10層の美しい複雑な構造でもある。もともと夜行性だった哺乳類が、昼行性になり、中脳でなく大脳を視覚として使うことで、鳥類との情報処理の相違が生まれた。
   藤田京都大学院教授は、ヒトもトリも、自分の見ている世界は客観的な事実でなく、目から取り入れた情報を、自身の脳の中で構成し直したものと述べている。外界から取り入れる情報はきわめて限られており、私たちの脳はわずかな情報を数多くの制約のなかで、計算処理(コンピュータより遅い)し、環境の「事実」というものを作っているのだ。この本は、認知の相対性が、多様性とともに主張されている。(大学出版部協会)