オースターとクッツエー『ヒア・アンド・ナウ』

オースターとクッツェー『ヒア・アンド・ナウ』
  往復書簡2008−2011

   アメリカ人気作家ポール・オースタ−と南アフリカノーベル賞作家クッツェーの2年余の往復書簡で面白い。ニューヨークとオーストラリア・アデレートに住む二人が、オースターは郵送で、クッツェーはファクスでやり取りする。どちらも携帯電話には違和感をもち、eメールは使わない。
   往復書簡は強い友情がなければ続かない。晩年に入った二人なら尚更である。この書簡でも、友情論から始まっている。オースターは、男同士の友情に絞り、相手をどう思っているかを口にしない「非知」と、少年期には相手への憬れにより何十年も持続すると書き、愛情と友情は違い、マナーにかなった思いやりと安定した情緒だと切り出す。クッツェーも。対等な仲間からの尊敬と切り返している。
   この往復書簡の話題は多義に渡っている。どれも作家的鋭さがある。私は二人のスポーツ論が面白かった。二人ともスポーツはするが、この書簡では無駄な浪費の時間といいながら、テレビ観戦に熱が入る。クリケット、サッカー、野球、アメフト、テニスなど。オースターは「美的快楽」をいい、クッツェーはヒーローへの欲求を満足させる「倫理的快楽」をいう。
   人間の理想が、厳しいストイックな訓練と集中によって、可視化される。クッツェーは、テニスのフェデラーを賛美する。現代スポーツが組織化され、数値崇拝のゲームになるという指摘は鋭い。スポーツにおける「敗北」の意味論も面白い。「人はほとんど常に負けるが、勝負の場に留まり続ける限り明日があり、名誉挽回のチャンスがあるんだ」とクッツェーは書く。
   文学や言語の哲学的考察もある。二人ともベケットカフカ、クライストの作品を好む。当然批評家に対する苦情もある。オースターはユダヤ系移民だから、イスラエルパレスチナ問題では、米国の政策に対し二人の意見の違いがある。
オースターのイスラエルの全人口を立ち退かせ、アメリカのワイオミング州を与えるという提言には驚く。また合衆国憲法の本質的欠陥は連邦制で、上院の定数平等が、人口少数の州に有利で、民主主義でないと主張を、日本の選挙区格差を思い浮かべ読んだ。
  知的刺激を受ける往復書簡である。(岩波書店、くぼたのぞみ・山崎暁子訳9