クレイン『イチョウの奇跡の2億年』

ピーター・クレイン『イチョウ奇蹟の2億年史』

  イチョウは2億年の歴史をもつ樹木の「生きた化石」である。いま日本では千年を得た大木もあり、街路樹として55万本も植えられている。このイチョウの生物学から文化歴史について、かつて英国・王立キュー植物園長、米国・イェール大学教授を歴任したクレイン氏が、綿密に描いた名著である。面白い。
  クレイン氏によれば、イチョウは2億年にわたり、北半球で生育していたが、気候変動により絶滅寸前になった。中国南部の山間地に生き延びていたのを、そのカリスマ性、宗教性や葉と種子(銀杏)の薬用性などで、10世紀ごろから中国で人間により栽培され、15世紀前後に朝鮮、日本に伝わった。
  さらに17世紀長崎・出島にきたオランダ国のケンペルにより西欧に再度伝えられ、分類学者リンネに渡し名前がつけられ、さらにアメリカに渡る。こうして人間が媒介に成り、イチョウは世界で復活していく物語は、グローバル化の生物伝播として面白い。
  植物としてのイチョウの生態も詳しく書かれている。イチョウはソテツとともに、雄雌異株であり、生殖ドラマは不思議である。種子植物として精子を形成する。この本でも述べられているが、精子発見は。1896年に日本の平瀬作五郎氏によってなされた。イチョウ精子が泳ぐのは驚きである。
  クレイン氏はイチョウの古木、大木を追って、ヨーロッパ、アメリカ、中国、日本、韓国と世界中を飛び回り、その自然環境や生態、歴史を描いていくから、イチョウ世界史や旅行記にもなっていて面白い。同時に大絶滅期を含め、生物の進化の歴史を、考古学の化石によって説明していく。生命の進化の歴史も良く分かる。
  イチョウが現在庭木として、街路樹として、ギンナンなど食べ物として、また薬としていかに利用されているかも、ルポの手法で書いている。最後に植物が次第に絶滅していくことを危惧し、生物多様性保全条約の問題点も指摘している。
  イチョウのように、自生地だけでなく、「生育域外保全」による人間の人工栽培によって生き延びたことは、未来に希望を与えてくれる。(河出書房新社、矢野真千子訳)