岩切友里子『国芳』

岩切友里子国芳

    江戸末期の浮世絵師・国芳の「人をばかにした人だ」(1847年)という戯画は、沢山の人体を集めて顔を描いている。私はこの絵を見て、16世紀のマニエリスムの画家アルチンボルドの動物や野菜で構成された肖像画を連想した。(ホッケ『迷宮としての世界』種村季弘ら訳・美術出版社)岩切氏のこの本は、歌川国芳の破格の構図や自由なデザイン構成の絵を詳しく論じていて面白い。
    奇想の絵師であり、巧みなグラフィイック・アートとして、国芳は近年の再評価が著しい。岩切氏は江戸っ子の典型として、ベランメェ調でしゃべり、時には鳶の格好や、火事装束で、消火に飛び出す国芳を紹介している。
    国芳といえば、武者絵で有名だが、「通俗水滸伝」から始まり、「坂田怪童丸」では鯉の体や水流の立体感、リズミカルな水の飛沫の表現は動的で凄いと岩切氏はいう。ワイドスリーン型の大画面の「鬼若丸の鯉退治」にしろ、縦三枚繋がりの「文覚上人那智の滝荒行」にしろ、国芳の絵は「動的平衡」でリズミカルなのだ。広重の静的浮世絵とは対照的なのである。
    風景画にしても、蘭書の挿絵や銅板画を研究し、「東都首尾の松之図」や「忠臣蔵十一段目夜討之図」などを描いた。岩切氏は、広重の名所絵の俯瞰的な視点に比べると、国芳の視点は低く、その足は江戸の地面から離れないという。広重が武家で、国芳が職人の家の出だからかもしれない。
    多様な意匠は、アイデア自在の戯画に多くみられる。これは江戸浮世絵師のなかでも、国芳が優れているといえよう。動物も化けものも、江戸っ子仲間として描かれている。猫好きの国芳の猫の絵も楽しい。私は「おぼろ月猫の絵」や「「道外化けもの夕涼」が凄いと思った。
    動的で奇想による浮世絵は、幕末の爛熟し崩壊しつつある江戸、黒船来航や安政の大地震の社会で、描かれたものである。(カラー版・岩波新書