バルザック『オノリーヌ』

バルザックを読む(8)
バルザック『オノリーヌ』

    バルザックの時代19世紀のフランス貴族社会では、結婚は家柄と財産が重視され、男社会であったため、妻の立場は弱かった。バルザックは、女性の立場を擁護し、結婚制度の矛盾を描いた小説が多い。この「オノリーヌ」、「二重の結婚」、「捨てられた女」は、人妻の苦悩と、その悲劇を描いている。
    バルザックの数多い評伝には、母親の「姦通」の影響や、バルザックが愛した22歳年上の愛人ベルニー夫人の関係が、こうした結婚制度の悲劇を書かせたという指摘がみられる。男女平等社会が進んだ現代では、古い感情かもしれないが、男女の愛情のすれ違いや、結婚と恋愛の矛盾は、バルザックの作品を依然として感動させる小説にしている。
    「オノリーヌ」は、オクターブ伯爵に愛され結婚したが、その結婚の空しさから若い愛人を作り出奔し、子どもを産むが病気で失い、男にも捨てられるオノリーヌの苦悩を描く。伯爵は世間体もあるが、オノリーヌ伯爵夫人を愛し続ける。一人生きる夫人に分からぬように密かに生活の援助を行い、苦悩に耐える。読んでいて伯爵は、夫人を監視するストカーのはしりのように思えてくる。
オノリーヌは伯爵の苦悩を知り諦め、結婚制度の束縛に義務として戻り、子どもも産む。だが愛のない夫婦生活とは、私の魂が46時中自らを辱める状況なのですと告白し、死んでいく。妻を取り戻すために若い秘書を伯爵は仲立ちにするが、この秘書と三人の三角関係も暗示されている。当時は離婚法が廃止され、離婚が出来ない状況だった。
    「二重の結婚:は、検事総長にまで上り詰める男が、財産のある幼馴染と結婚するが、妻の宗教信心の強さに飽き足らず、下層の若い女と密かに同棲し、二重の家庭を持つ物語である。子供も二人設けるが、夫人に知られ踏み込まれ、そのためその若い愛人に捨てられる。愛人は悪い男に付け込まれ死んでいき、息子は盗みで捕まる。検事総長は職を辞し、苦悩の老年を過す。(ちくま書房、大矢タカヤス訳)