ドッジ『イラク戦争は民主主義をもたらしたのか』

トビー・ドッジ『イラク戦争は民主主義をもたらしたのか』

  アメリカが、「イスラム国」掃討作戦でイラク空爆に踏み切った。シリア領内に空爆拡大もあるという。ドッジ氏は英国・国際戦略研究所に属し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授だが、この本は2012年出版されている。2003年アメリカによるイラク戦争以後のイラク国家解体と再建を丹念に追い、マーリキー政権(2005−2014年)の権威主義政治と内戦の危機の繰り返しの状況を、詳しく分析していく。
  国家崩壊後の治安真空による略奪と暴力のなかで、民主主義導入が図られたが、2005年選挙後に内戦に突入し、アメリカが「対暴動ドクトリン」を発動しひとまず鎮静化する。挙国一致の連合政権が成立する。
    だが、マーリキー首相は、シーア派という宗派主義政治を強め、治安機関を使い権威主義体制を作ろうと、戦前のフセイン大統領の「バアス党やスンナ派の脅威の排除」を強めた。このため排除されたスンナ派武装勢力が台頭し、アルカイダの勢力拡大に至る。「イスラム国」の芽が生まれる。
   戦後の脱バアス党占領政策が、行政機関を真空化し、治安・軍事機関のみが肥大になり、排他的・独占的エリート層の交渉のみで利益の奪い合いが起こり、そこに民兵組織などの非国家主体の暴力が内戦をおこす。そこにマーリキー政権の独裁主義がでてくると、ドッジ氏は述べている。政権は利益追求に走り、生活インフラは脆弱で、政府の公共サービスは空洞化し、若年層の失業率は高い。
  冷戦以後の人権優位の「人道的介入」が、果たして民主主義国家を強制的に作れるかが、イラクで問われている。だが「イスラム国」という人権無視の極端な宗教国家を、皮肉にも創り出してしまった原因を、ドッジ氏の本は明らかにしようとしている。
   多民族。多宗教で、フセイン独裁国家であった上に、30年間も戦争が続いたイラクは、暴力容認の社会的状況がある。それに石油国家であり、その巨額な収入が、金利重視の「レント国家」にイラクを変貌させてしまっている。  
    アメリカの自国重視で一貫性のないイラク復興策が、いかなる国にいまイラクを陥らせているかを考えると、イラク民衆の苦境に胸が痛む。複雑なイラク情勢を考える為の良書だと思う。(みすず書房、山岡由美訳、山尾大解説)