高橋哲雄『スコットランド歴史を歩く』

高橋哲雄『スコットランド 歴史を歩く』

   スコットランド独立の住民投票が行われ、否決された。高橋氏の本は、英国史において、スコットランドはどういう歴史を辿ったかを、歩いて旅して明らかにしようとする。イギリスのなかで、スコットランドはタータン柄のキルト衣装、バクパイプ、スコッチウイスキー、スコッチテリア、ラクビーやゴルフ、映画「ブレイブ・ハート」「ロブ・ロイ」、悲劇の女王・メリー・スチュアート、などが浮かんでくる。
   こうした民族文化の「想像の共同体」から、1999年のエジィンバラの議会復活かに至り、政治的ナショナリズムが高揚してきた。
   高橋氏の本を読むと、イングランドの接近・同化・従属と反発・敵意・独立志向が交互に現れてくることがわかる。16世紀半ばカルヴィニズムを受け入れたことから、イングランドと同君連合、さらに名誉革命を経て、1707年議会合同による合邦に達し、揺れ戻しに独立志向の「ジャコバイトの乱」が起こる。
   ケルト文化復興やゲール語再興など古代からのアイデンティティの再生は、高橋氏の指摘では、近代に生じている。「ロマンティツク・ナショナリズム」は18世紀末にマクファースンによって、古代叙事詩「オシアン」の発見で火をつけられる。ホメロスに匹敵する叙事詩スコットランドにあったという発見は、民族意識を高揚させたが、ジョンソン博士らイングランドから贋作と見なされ、論争が起こる。高橋氏は「オシアン論争」を丹念に辿り面白い。
    ロマンチック民族主義は、19世紀に、歴史小説家ウオルター・スコット(「アイバンホー」の作者)により、滅びゆく民族文化の再興として、キルトやタータン柄という民俗衣装復活で高まっていく。だが高橋氏はもう一つ目覚ましい民族主義として「スコットランド啓蒙」を挙げている。
   『国富論』のアダム・スミスや哲学者・デヴィット・ヒュームの思想運動とともに、都市や産業の改良という実学・実業の勃興である。蒸気機関のワット始め技術者など起業経営者が輩出し、商業や金融業が革新され、医学、法曹、建築など技術民族主義を創り出していった。
     プロテスタントの禁欲、勤勉、節約の精神。今回の独立の背景には、独立した方が、経済的にも、技術的にも、文化的にも、豊かになれるという「スコットランド啓蒙」の民族主義の伝統があるのかもしれない。
  高橋氏の本は、スコットランドといっても北の「ハイランド」と南の「ロウランド」の相違があり、この違いが民族主義を一枚岩にしないことを示唆している。私はこの本で明治維新前後、ジャーディン・マセソン商会や、坂本龍馬と関係した長崎のグラバーのような政商、さらに維新後の「お雇い外国人」の多くがスコットランド人だと知った。(岩波新書