パヴェーゼ『短編集』

パヴェーゼ『短編集』

   パヴェーゼの短編を読むと、その自然風景は抒情性に富み、散文詩のような描写がある。だが内容は、孤独、憂愁、男女の愛憎、裏切り、死などの情景が漂ってくる。寂しさの感覚が空虚さとともに、にじみ出てくる。
   「流刑地」では、イタリアの南の果てで、土木技師は一人の孤独の流刑囚にめぐり会う。「あの果てには海があった。遠く色褪せた海、それは今日もぼくの憂愁の背後でむなしく波打っている。あそこで大地はことごとく荒涼たる低い浜辺に尽き、漠とした無辺のなかに消えていった」機械工だった流刑囚は、トリーノに残してきた妻が、自分を裏切って男を作っているという妄執に囚われ、殺意で苦しみ、海の水平線を空しく見つめている。そんなある日妻が男に殺されたという通知が届くのである。
   パヴェーゼには、男女の愛情の行き違いや相克が苦しみとして描かれ、ただ孤独が救いに成るが、愛を捨てきれない悩みが綴られる。「自殺」では、親友の妻と三角関係にある男が、夫と別居している人妻と関係を持つが、男女の愛が相手を傷つけ合うことでしか成立しない状況をこれでもかと描き、人妻がガス自殺する物語である。
   逆に「三人の娘」は、妻子ある男性との恋に破れ自殺未遂を起こし、都会にでてきた16歳の娘を描いているが、私は悲惨にも挫けず生きていく娘に「明るさ」を感じてしまった。「そして突然自由になった。あたしはひとりだった。ひとりきりでたりていた。」という。
   パヴェーゼは、都会よりも農村の風景の方がうまいと思う。「そのとき、漠とした大気のなかを、ひとつの声がぼくに届いてきた。それは、もはや川の音ではなかった。牧場から牧場を超え、雲のかなたの、遠くから湧き起こった。丘と葡萄棚の声だった。」(「川の対話」)訳者の河島氏によると、パヴェーゼの流刑の原因になった女性は、恩赦でトリーノに帰ってみると、別の男と結婚していたという。(集英社ギャラリー「世界の文学」12巻河島英昭訳)