タブッキ『夢のなかの夢』

タブッキ『夢のなかの夢』

   他人の夢を夢見ることが出来るのだろうか。見てみたい。この小説は、タブッキが、自らが好きな芸術家など20人の夢を描いたものである。それも錚々たる人たちで、ラブレーゴヤランボーロルカチェーホフ、ドビュシーなど。最後に「夢判断」を書いたフロイトの見た夢で終わっているのも、洒落ている。
   タブッキの小説は、虚構と現実が円環を描く「多重小説」である。タブッキが、20世紀ポルトガル最大の詩人ペソアの研究者であり、ペソアこそ多重な人格をもつ詩人を仮構して、詩を創った人だから類似性がある。もちろんペソアもこの本で、「詩人にして変装の人」として夢が語られている。
   多重小説というのは、その人に成りきって「仮構」の上に、さらに夢という「仮構」を重層的に積み上げていることだけではない。この本の最後に、タブッキによる「この書物のなかで夢見る人びと」という簡略な伝記が紹介されている。タブッキが、いかにその芸術家を研究し、的確な「批評」をしているかがわかる。小説だが、同時に芸術批評という多層構造になっているのだ。
  「作家にして破戒僧」ラブレーの夢は、1532年2月のある晩、リヨンの病院の質素な自室で眠りについたラブレーが居酒屋の蔓棚の下で、パンタグリュエルと豪奢な昼食を取る夢だ。雷の音で目を覚ましたラブレーは、ベツトの脇の小机から、堅くなったパン一切れを食べ、断食を破った所で終わる。
  「作家にして旅行家」スティーブンソンの夢は、1865年エジンバラの病院で病弱なスティーブソンが見た夢で、帆船にのり、サモアの孤島に辿りつき、山頂の洞窟で自分が書いた小説一冊をよみながら、息絶える夢を描いている。
  タブッキは、その芸術家に成りきって夢まで演じている。めくるめく小説である、(岩波文庫、和田忠彦訳)