岡田温司『イタリアン・セオリー』

岡田温司『イタリアン・セオリー』

   20世紀末は日本では、フランス現代思想が隆盛した。ドゥルーズデリダフーコーレヴィ=ストロースラカンなど多くが翻訳されている。だが、イタリア現代思想は、マイナーな思想と見られている。だが21世紀にはいって、ネグリアガンベンエスポジト、カッチャーリなどが翻訳され、注目されている。岡田氏はこの本で、現代イタリア思想を的確な視点で紹介している。
   岡田氏はイタリア思想が「国民国家」の枠組みに捉われない視点を持ち、英、仏、独とは根本的に違うといい、国民国家が問われている今になって現実性を持つようになったという。岡田氏によると、現代イタリア思想の特徴は次の3点にあると見る。
   第一は、「生政治」の思考を突き詰めて考え、「主体」や「真理」などの観念的・抽象的問題よりも、生や歴史の具体的問題を重視する。アガンベンエスポジトは、ナチズムの生政治の徹底批判から、生と権力関係や、死政治から非政治へ、また「人格」の脱構築に取り組んでいる。
   第二は、神学の「世俗化」の追求である。2011年に聖フランチェスコの「貧しさ」の現代的意義をアガンベンは論じ、「豊かさ」より「貧しさ」、「所有」より「使用」の「生の形式」の重要性の意義を論じた。2013年のローマ教皇に腐敗に対抗する新法王が選ばれている。
   第三は、「否定の思考」に実践的に取り組んでいることだという。ヴェネチアの思想家・建築家のカッチャーリやタフーリなどが紹介されており、モダンでもポストモダンでもない鋭利な否定の思考が提示されている。
  私はこの岡田氏の本を読み、弁証法的総合を否定する「両義性の思想」の葛藤や、主体の自己同一性への懐疑による「他者」と「共同体」の重視が色濃い思想だと感じた。岡田氏は、ネグリの芸術論の紹介で、「生産性と無為、積極的な潜勢力と非の潜勢力、たがいに引き合うこれらの両極性のあいだで、いかに思考し、行動し、制作する」ことが、アガンベンネグリの思想の根底にあると論じている。(中央公論新社