四方田犬彦『日本映画110年』

四方田犬彦『日本映画110年』

   日本はナイジェリア、インドに続く巨大な映画製作国という。東日本大震災以来200本以上のドキュメンタリー映画が上映された。フィルムからデジタルデータへの変化、インターネット配信とDVD購入により映画作品は、いまや並列されてしまっている。映画史を考える時だ。四方田氏は、活動写真といわれた1896年から10年刻みで2011年の制作バブルまでの日本映画史を辿っている。
   牧野省三から森達也までの作品が的確な紹介で語られ、映画史110年が一望できる。厖大な映画作品は、四方田氏の評価により選択され、鋭い評価も付け加えられているのが楽しい。無声映画の成熟は1917年から1930年までとされ、日本伝統演劇からの影響や、弁士という日本独自の在り方が特徴としてあげられている。
  1920年代から30年代にかけ最初の黄金時代が来る。溝口健二が伸展し、その方法は西洋絵画からの離脱と日本画への傾倒から生まれた。戦時下の日本映画や、植民地・満映李香蘭の出現、ドイツ合作映画でファシスト美少女・原節子登場など面白い指摘が多い。
  敗戦黒沢明「わが青春に悔いなし」や、今井正青い山脈」で原節子は、西欧的風貌で民主主義の女神に転向する。さらに小津安二郎作品では、自立した女性だが倫理的な貞淑さにもう一度変貌する。映画の転向を象徴している。
  四方田氏によれば、1950年代から60年代にかけ第二の黄金時代が来たという。東宝の侍と怪獣映画、松竹メロドラマ、大映の母親もの、東映時代劇、日活の石原裕次郎映画と無国籍映画、大島渚らのヌーベルバーク、任侠映画などが述べられている
  70年からは衰退と停滞の日々と位置付けられている。この時、日活ロマンポルノと山田洋次の「寅さん」シリーズが現れる。独立プロとATGの分析も鋭い。80年代はスタジオシステムの解体であり、相米慎二伊丹十三が登場し、宮崎駿のアニメが出てくる。
  90年代はインディーズ全盛と捉えられており、北野武黒沢清作品がひとつの事件として四方田氏によって論じられている。2000年に入ると、女性監督が大量出現する。河瀬直美浜野佐知蜷川実花西川美和などで、その理由についての四方田氏の見方は、大言壮語を避け、周囲の人間とのコミュニケーションに限定するミニマルな思考で、自己の世界を確立していくと述べられている。(集英社新書