加古陽治編著『真実の「わだつみ」』

加古陽治編著『真実の「わだつみ」』
日本戦没学生記念会編『きけわだつみのこえ』

   1947年に戦没学生の手記75人を集めた『きけわだつみのこえ』は、岩波文庫でいま新版となり27刷のロングセラーである。その巻末にシンガポールチャンギー刑務所で、戦犯刑死した京都帝大学生・木村久夫陸軍上等兵の感動する遺書がある。
   だが、東京新聞文化部長・加古陽治氏の渾身の取材により、田辺元「哲学通論」に処刑前書かれていた遺書のほかに、父親の久に送った遺書の二通があったことが明らかにされたのである。この二通の遺書を久夫の恩師・塩尻公明が自分なりに手を入れ編集したものが、「きけわだつみのこえ」に収録されたという事実は、驚きである。
   加古氏の取材に敬意を表したい。辞世の歌二首の一首ははずされ、別の歌になっている。原形では「心なき風な吹きこそ沈みたるこころの塵の立つぞ悲しき」だが、処刑前の意気地なさを嫌い、父親が変えたのではと加古氏は推測している。
   木村が戦犯として処刑されたのは、インド洋・英領カーニコバル島の住民90人近くを敗戦直前にスパイ容疑で虐殺した罪である。上等兵に過ぎない木村が裁判で絞首刑宣告されたのは、英語が出来たため住民の取り調べに立ち会ったためである。おかしなことに苛酷な取り調べを命じた陸軍中佐ら上層部は死刑に成らず、もっとも強行な命令を下した陸軍参謀は無罪に成り、帰国している。隠蔽工作もあった。
   問題は「きけわだつみのこえ」で削除されている木村の陸軍批判である。「きけわだつみのこえ」でも、陸軍上層部が下に罪を押し付け自分たちが助かろうとしている卑劣さが暗示されている、だが削除された部分には激しい批判がある。
   陸軍軍人は国を滅ぼし、虚飾を取り去れば「我欲」のみだとか、世俗の権化で生と物に執着したとか、東条英機の無責任さとか、ひいてはそれをのさばらせた国民の文化的低さまで言及している。軍人の大言壮語する忠義、犠牲的精神その他の美辞麗句は、身に装う着物に過ぎないという。
   英文で死ぬ前連合国に嘆願書を出し、自己の無罪の真実を暴露したという勇気は、運命に従順に死んでいったイメージとはだいぶ違うのではないのかと思った。加害者と被害者、侵略と自衛などの二分化でなく、「両義性」として戦争をとらえるべきだと、加古氏の本を読んで考えた。『真実の「わだつみ」』(東京新聞)『新版 きけわだつみのこえ』(岩波文庫