山極寿一『「サル化」する人間社会』

山極寿一『「サル化」する人間社会』

    人類学・霊長類学者で中央アフリカにおいて、長年ゴリラの生態研究に取り組んできた山極氏は、サル、チンパンジー、ゴリラの生態社会から家族とは何かを究明しようとしている。前著の学術書の『家族進化論』(東京大学出版会)に比べ、この本はくだけていて読みやすい。
    やはり実地調査したゴリラの生態が面白い。今西錦司伊谷純一郎から始まった日本が誇る霊長類学の継承者である山極氏は。人類とサル、チンパンジーの中間としてゴリラを見ている。コンゴ民主共和国のマウンテンゴリラから、ガボン共和国のニシローランドゴリラまでの実態研究が述べられていて興味深い。
    サル社会が勝ち負けの社会で強者を頂点に序列社会を作るのに対して、ゴリラは群れの中で序列を作らず、喧嘩しても勝ち負けを決めず、お互いにじっと見つめ合い「覗き込み行動」で和解する。喧嘩にも仲裁者がいて、オス同士の喧嘩にメスやコドモが堂々と中に割って入る。ゴリラは、人間やゴリラ同士でも気持を読む名人で「空気を読む」。遊びの名人」であり、共感・共存能力にたけている。
    ゴリラは1オス複数メス、コドモの集団で、交尾はメスの誘いでおこると山極氏はいう。7、8頭のオスだけの集団を山極氏は発見し、同性愛の交尾さえあるという。サルにはない同性愛集団は、子供時代の遊びから出てきたと山極氏は見ている。ゴリラの自由さと余裕さがある。
    ゴリラは父系社会に近く、メスは集団から集団に移動する。ゴリラは自分の家族を重視するから、群れ同士が協力する社会を作れない。チンパンジーは家族を解体し乱婚・乱交社会になるが、集団を作る。人間は集団と家族を両立させてきた。ニシローランドゴリラの研究で、言語がなくても、身体コミュニケーションが発達し、ゴリラはハミングなど「歌う」伝達手段を発達させた。ゴリラはサルと違い、食物を分配する。
    山極氏が「サル化」社会に人間がなってきているというのは、食事を共にしない「孤食」が多くなり、家族崩壊の兆しもあり、所属する集団に愛着を持たず、個人の利益と効率を優先するサル的序列社会になりつつあるという危惧からである。霊長類で核家族型を作ったのは、人間だけだからである。文明論としても面白く読める。(集英社インターナショナル