正高信男『音楽を愛でるサル』

正高信男『音楽を愛でるサル』

  正高氏はサル学者であり、心理学者である。前に『ケータイを持ったサル』(中公新書)を読み、携帯電話でしか繋がれない「関係できない症候群」を、サル化している社会として家族論・コミュニケーション論として論じ、面白かった。
   この本では、霊長類のなかで、人間だけが音楽を聴くのは何故かを、音楽・言語起源まで踏み込み論じ、モーツァルト効果、絶対音感ウォークマンiPodまで取り上げ、文明論として論じている。
  テナガザルは、枝わたりして歌うが、オスとメスがデュエットを歌うのを、その歌唱行動が言語獲得の前過程と正高氏は見る。このデュエットはナワバリ防衛だが、侵入ザルにより離婚・再婚はザラで、血縁がない子供を抱えるペアもいるというのは、面白い。
  正高氏は、音楽を時間とともに進行する現象のパターンの鑑賞としてとらえるから、暗黙的な数認識にかかわるとし、ライオンやネズミの数認識から音楽を考えようとしている。数認識は言語化されたものでなく、体感された表象とすると、獲物を狩るため沈黙を守り獲物に接近するライオンは、騒音をだすサルより音―沈黙のリズムと韻律では音楽的だということに成る。
  したくても出来ない「認知的不協和」心理状況に、モーツァルトピアノソナタを聴かせると不協和を緩和される効果があると、正高氏は心理実験で明らかにしている。覚醒を喚起する音楽的感情が脳活動を活発化するという。文字があらわす言語活動からの干渉による「ストループ干渉」が音楽で緩和されるともいう。「ながら族」は正しいのかもしれない。
  協和音のメロディーによる前頭葉の抑制効果は認められるが、不協和音は逆に人間性の束縛からの解放だと考え、アルコール効果と似ていると見ているのが面白い。
   とするとシェーンベルグなど現代音楽は、束縛多き人間性からの自己逃避の解放音楽ということになるが。ウォークマンiPodなど音楽鑑賞の「孤人化」は、現実逃避の酩酊状況に近いということにもなる。(中公新書