ハルトゥーニアン『アメリカ<帝国>の現在』

ハルトゥーニアン『アメリカ<帝国>の現在』

   アメリカ社会科学の学問批判の書であるとともに、9・11テロ以後におけるアメリカの「帝国」への変貌を論じた本である。ハルトゥーニアン氏は、日本近代史が専門だから、かつて敵国として戦った日米が同盟国に変身したのも、近代化と帝国の亡霊(大日本帝国)が相互投影され、両国の欲望が一致したためと見ている。
   米ソ冷戦時代のアメリカのイデオロギーは「近代化論」であり、停滞した伝統社会から、民主化自由経済市場化による経済発展による消費社会への離陸にあった。だが冷戦終結で終わったかに見えた「近代化論」が、現在再び帝国主義と結びつき回帰していると、ハルトゥーニアン氏はいうのだ。近代化は、植民地支配によっても貫徹されてきたという見方まで復権してきている。植民地化と近代化を結びつけ、さらに大英帝国の重要性まで指摘して帝国主義と連合していくのが、9・11以後のアメリカ社会科学だと考えている。
   アメリカの領土支配なき帝国概念は、資本主義によるグローバルな支配にとってかわっているが、いつでも軍事力を使えるというのは、19世紀「帝国」と変わらない。といっても、アメリカは日本の軍事基地を半永久的に手に入れている。この本でハルトゥーニアン氏は、日本をアメリカの「モロー博士の島」と述べている。モロー博士は、H・G・ウェルスの小説で、天才生物学者が孤島で獣人をまともな人間に変える実験を行う物語である。
   アメリカは、軍国主義日本を「近代化の優等生」に生まれ変わらせたが、近代化論は植民地主義帝国主義の形を変えたパラダイムに過ぎないと批判している。
   また日本研究者・ベラー著「徳川時代の宗教」を俎上にあげ、ベラーの近代化論が日本の近代化の成功を「特殊的」と読み直すことで、日本人は「普遍」を体現するアメリカ帝国のクライアント(子分)的地位を喜んで受け入れたと述べている。
   訳者のカリフォルニヤ大準教授・平野克弥氏は「あとがき」で、日本近代化の成功例は「アメリカ帝国主義者の覇権確立と、日本のナショナリストの自慰的な治療には欠かせない『特効薬』となっている」と指摘している。(みすず書房、平野克弥訳)