蔵本由紀『同期する世界』

蔵本由紀『同期する世界』

    同期現象(シンクロ現象)とは、リズムとリズムが出会うと相手を認識したように、完全にリズムの歩調を合わせる現象をいう。リズムがあるところに同期がある。
    蔵本氏は、同期現象を縦軸にして、横断的に多様な問題を解こうとしている。この本でも、何万匹のホタルが同時に明滅したり、コオロギやカエルの鳴き声の同期、吊り橋を歩く集団の歩調が自然にそろって、橋がたわむ現象から、体内時計や、心拍、インスリン分泌のリズム、パーキンソン病のベータ細胞の同期、ヤツメウナギやミミズの運動、電力供給網、交通信号機のネットワークまで論じている。
    同期現象は「全体が部分の総和としては理解できない非線形科学」であり、全体が部分の総和として理解できる線形科学ではない。「複雑系ネットワーク科学」と類似性を持っている。蔵本氏はホタルのような集団同期を、相互作用の形を振動子の位相差だけできまる正弦関数の「蔵本モデル」数学化し、世界的に評価されているが、この本ではリズムを位相であらわす数式を使わず、やさしく説明しているので読みやすい。
    体内時計を昼夜のサイクルに同期する「既日リズム」と捉えるなど、この本では生理現象と同期現象の関連が面白い。集団リズムとしての心拍や、興奮現象を細胞の振動リズムから見、さらに遺伝子発現のリズムまで分析していく。さらに解糖していく酵母細胞の集団同期、インスリン分泌のリズムまで述べている。パーキンソン病ドーパミン欠乏のためにニューロン集団に生じる集団リズムを抑えられなくなり、運動の抑制された状況が解除されない負の同期現象と指摘している。
    さらに集団同期を中央集中制御と自律分散制御システムにわけ、アメーバの自律分散的な収縮リズム運動の同期から、現在アメーバ型の柔軟なロボット制作が行われていることも、面白く読めた。複雑世界をそのまま認め、そこに潜む構造を発見していく貴重な内容を含んだ本であると思う。(集英社新書