小杉泰『9・11以後のイスラーム政治』

小杉泰『9・11以後のイスラーム政治』

    9・11テロによって米国の「テロ対反テロ戦争」が起こり、イスラーム復興という現代化宗教が、西欧近代主義民族主義とともに、イスラーム世界を分極化することになったと、小杉氏はいう。かつての社会主義に匹敵する世界変革が、イスラーム復興で起こっている。21世紀の「アラブの春」では民主化の希望が見えたが、イスラーム復興による民主化は、反テロ戦争の遺産である軍部支配や宗派闘争、過激派の台頭で混乱している。
    小杉氏はイスラームの活力を人口増加と、都市に住む近代人の主体的選択としてのイスラーム教復興にあると見ている。その上で「市民的イスラーム国家を目指す」流れと「神権政に反対し、人権と民主主義を守る」流れが対立しているという。
   9・11の遠因は、1980年代にイスラエル和平をしたサダート大統領暗殺をしたジハード団から攻撃的ジハードが始まったことにある。それは「武装NGO」としてのアルカイダに行き着く。自衛的防衛から攻撃的グローバル反体制武装闘争は、イスラエルとの中東戦争から始まり、湾岸戦争によってアルカイダは生まれた。パレスチナ国家が軌道に乗らなければ解決しない。
   アルカイダは、聖地のあるサウジアラビアへの米軍駐留への反対からテロ活動を始めた。9・11によるブッシュ政権対テロ戦争としてのイラクアフガニスタン戦争が、アルカイダを「ブランド化」していく。同時にシーア派スンナ派の宗派闘争を激化させたと小杉氏は見ている。民族国家を超えるイスラームウンマ共同体が、拡大して内戦を国際的に広げていく。
   1948年第一次中東戦争から、21世紀シリア内戦まで50年以上中東では戦争が続く。イラン・イラク戦争レバノン戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、4次にわたる中東戦争、それに内戦も多い。小杉氏は政治と軍事の面から、国際化する要因を分析している。西欧社会での「嫌イスラーム」と、宗教と世俗化との矛盾も深く分析している。
   この本で重要なのは、突破口を探る都市中産階層による「中道派」の動きを詳しく描いた点である。「アンマン・メッセージ」のような宗派共存、キリスト教ユダヤ教という「一神教文明との共生、知のイスラーム化、無利子のイスラーム金融や、喜捨・贈与経済などのポスト資本主義のラジカルな動きを取り上げている。東南アジアの共生するイスラームにも視点が届いている。
   小杉氏は、アルカイダの「ブランド化」が広がるのでない方向を望んでおり、近代国家システムがイスラーム宗教復興に対応しきれないため、武力的テロ戦争が続くといい、世界を不安定化していると批判している。(岩波現代全書)