熊谷奈緒子『慰安婦問題』

熊谷奈緒子『慰安婦問題』

   2014年6月20日政府の「河野談話」検証チームから、韓国慰安婦の「河野談話」の正当性は損なわぬという結果が発表された。熊谷氏の本はその前の6月10日に出版されているが、河野談話の継承と、アジア女性基金の体現した道義的反省を補強すべきだと主張している。
   熊谷氏は、河野談話の日本軍の強制連行の組織的関与の指摘は、学術的厳密な判断の根拠を示したものではなく、当時の韓国との政治外交的な和解と未来志向の政治的文脈のなかで提示されたものという。元慰安婦の証言も、官僚の公式文書のみを史料とするのでなく、聞き取りという「オーラル・ヒストリー」の貴重な記録として考えべきだとしている。
   1990年代から21世紀にかけ、慰安婦を一人の人間の人権の問題として捉え、人権侵害の構造的原因を多面的に考えようとしてきた。戦争による女性への性暴力が、レイプや強制売春など、旧ユーゴ内戦やルワンダで注目され、国連人権委員会や、「女性国際戦犯法廷」などで厳しく戦争犯罪と認定されてきた。
   熊谷氏は、日本軍と各国軍隊の軍管理売春関与を詳しく取り上げ、その普遍性と日本軍の特殊性を明らかにしている。戦場における性暴力の構造的問題にまで踏み込んでいる。だが、日本軍による慰安婦は、植民地・占領地の女性を慰安婦に仕立てていく特殊性を持ち、そこに植民地支配と戦争責任が生じてくる。同時に家父長制支配というジェンダー問題も重なって来る。
   熊谷氏は、アジア女性基金を評価しており、だが道義的責任を全うしたかについての文章は、読みごたえがある。ドイツの「記憶・責任・未来」基金との比較も多くの示唆を与えてくれる。「女性国際法廷」の概要と判決も、法を超越した道義的法廷として書かれている。
   日韓において複雑化・深刻化する慰安婦問題の底流と、和解の道は可能かも重要な問題提起である。民族主義、ポスト植民地主義フェミニズムの多面性を含み、戦争責任や個人的請求権など戦後補償も絡み、日韓間の対話でしか、解決の糸口は作れないだろう。(ちくま新書