ペトロスキー『エンジニアリングの真髄』

ペトロスキー『エンジニアリングの真髄』

   半世紀前に英国の作家・スノー氏は「ふたつの文化」の分裂に警鐘を鳴らしたが、その文化とは自然科学(特に物理学)と人文科学の断絶だった。ペトロスキー氏は今日の二つの文化は、科学とエンジニアリング(工学技術)であるという。「橋を設計するのは14行詩(ソネット)を書くことになぞらえることが出来る」と言い切る。自然科学の前進は技術的発達により、観測や測定の可能になったものが多い。ヒッグス粒子発見は、技術工学の成果である巨大な粒子加速器による。技術による発明、設計、制作、建築は、芸術作品の創造に似通っている。
   工学技術の重要性を、これだけ述べた本はあまりないだろう。技術の方が科学に先行していたという。蒸気機関も、ラジオ・テレビも、航空機からロケット、コンピュータやロボットなどは、十分な科学的証拠や完全な理論的知識がそろうまで待っていたら実現しなかったろうとさえいう。
   ペトロスキー氏は「研究と開発」(R&D)を逆転して「開発と研究」をいまや重要だとし、研究から直線的に技術開発が生まれるわけではないともいう。アメリカの基礎研究重視に対して、応用科学や技術の方を重視している。
   この本の副題が「なぜ科学だけでは地球規模の危機を解決できないのか」というのは、よくわかる。技術には、常に事故や環境破壊などのマイナスが付きまとう。技術には完成した法則がなく、不確実性があり、現在進行形ではあるが、温暖化、代替エネルギー、医療技術、大災害への予防などは、技術的解決ぬきには考えられないと指摘している。
   科学の純粋・閉鎖性に対して、開放性の技術は、政治的公共性、民主主義的合意、経済的資源などと連携しており、その合意のなかで漸進的に行なわなければ危機を解決できないというのだ。福島原発事故の前に書かれた本だが、示唆的な技術論だと思う。ただし技術楽観論も多々みられるが。
   人間が発明した技術工学の構成物が多様な価値を創り出してきたが、同時に危機の負荷も抱えてきており、その負荷をペトロスキー氏は社会的合意を前提として、技術で解決していくしかないという見方のようだ。(筑摩書房、安原和見訳)