バルザック『グランド・ブルテーシュ奇譚』

バルザック雑読(5)
バルザック『グランド・ブルテーシュ奇譚』

   バルザックには、結婚生活の悲劇を描いた小説がいくつかある。人妻が密かに恋愛をして、三角関係におちいっていく。妻と夫と愛人の三角関係の悲劇である。バルザックの伝記を見ていると、バルザックが恋愛するのは、ほとんどが人妻である。結婚したハンスカ夫人は、夫の死後とはいえ、恋愛状態はその前から続いていた。
   この「グランド・ブルテーシュ奇譚」を読んだ時、私はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』のような恐怖小説だと思った。構造は三角形で出来ている。夫と妻と愛人の三角関係が、ブランド・ブルテージュの廃墟の謎を解き明かしていく公証人、宿屋の女将、かつて屋敷に仕えていた小間使いの3人の語りという三角形で構成されている。
   夫が帰宅した時、愛人は小部屋に逃げ込む。疑った夫は、十字架にかけて小部屋に誰もいないことを妻に誓わせる。だが嫉妬深い夫は直ちに左官職人を呼び、煉瓦と漆喰でそのドアを塗りこめてしまう。そのあと20日間も妻の傍で監視している。その後夫の伯爵はパリに去り、伯爵夫人は50年間屋敷をそのままにして取り壊さないことを遺言して死んでいく。そこに廃墟の謎があった。
   「ことずて」は、乗合馬車で旅行中の若者2人が馬車の転覆事故にあう。一人の若者が死の間際に、もう一人に、愛人の人妻に手紙と遺髪を届けることを約束する。届け先に附いた時一家は団らん中であり、夫に隠れて訃報と遺髪を渡し、夫人がいかに悲しみをこらえるかが、この小説の白眉な場面である。
   「マダム・フイルミアーニ」は不思議な小説である。青年が遺産をつぎ込んで愛している人妻の正体は不明であり、なぜ遺産が消滅したのかの謎と、夫人の純粋無垢な精神の謎が絡み合い解明されていく。巧みな小説だと思う。(光文社古典新訳文庫宮下志朗訳)