森まゆみ編『異議あり!新国立競技場』

森まゆみ編『異議あり!新国立競技場』
   オリンピック誘致が、「国策」のように挙国一致で行われてしまった。戦争突入のような勢いに、唖然とする。森氏は「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」共同代表である。市民の立場から立ち退きの可能性がある都営アパート住民の住む権利、明治公園緑地の消滅、景観保護、被災地への人材・資材の優先などを主張し異議を唱えている。スペクタル化による都市造りへの危惧が底流にある。
   すでに建築家・槇文彦氏が「新国立競技場を歴史的文脈の中で考える」を発表し、懸念を表明している。建設費は始め3000億円だったが、批判され1692億円に減額されてきている(都庁建設には1500億円)が、維持費に年43億円もかかり、高さ70メートル、8万人収容という世界に例のない巨大建築物が、風致地区で20メートル規制を無視し建てられ、おまけに都市再開発まで連動し、環境破壊まで行うことに驚く。私は戦争末期の巨大戦艦「大和」建造を連想してしまう。
   ヘルメットのような設計は、コンペで英国の建築家ザハ・ハディト氏に決まった。ダイナミックナ曲線造形のポストモダン的抽象建築が、専門家の趨勢だとしても、この本で建築家・山本想太郎氏が指摘しているように、景観、歴史、住む市民や使うスポーツ者(陸上のサブトラックもない)の視点など「総合性」が必要で、そのためには、コンペを行政から切り離し民間でおこなう「公共建築の設計発注業務の外部化」も必要だろう。
   建築史家・松隈洋氏は、歴史のなかの神宮外苑をたどり、64年まで競技場が周囲の環境に調和した風致美を配慮しようとした歴史を無視しているという。人口減少時代を迎える上、64年オリンピックの時つくられた上下水道や道路など公共インフラ補修に今後数兆円もかかるのに、誰のための施設かと批判している。
   この本で私が興味深かかったのは、建築エコノミスト・森山高至氏の「国立競技場は改修可能だ」という提言だった。森山氏は、国立競技場は実は未完成の骨組みだけの建築物で、その外装、屋根、諸設備を充填させ完成をまっているとし、具体的な設計図を提示している。いまある壁画の保存も無理のようで、伝統保存を政治が蹂躙している。
   森氏は「IOCスポーツと環境世界会議」での「既存の競技施設をできる限り最大活用し」「まわりの自然や景観を損なわない」を挙げ、現在風致地区として高さ制限がかけられている明治神宮外苑の規制緩和し、高層ビルを建てる再開発に、オリンピックが利用されたと批判している。(岩波ブックレット