下村脩『光る生物の話』

下村脩『光る生物の話』

  光る生物ほど不思議な生き物はいない。生物の発光は白熱光でなく、熱を出さない冷光だという。動物界では150科550属に発光種が含まれている。90%が海洋中という。だがホタル、ミミズ、キノコなど陸上生物も含まれる。何故光るのか。その化学的構造はどうなっているのか。その応用は現在どう技術化されているのかを、08年ノーベル化学賞受賞の下村氏が全体像をこの本で書いた。
  生物が光るのは化学反応による。化学的には、ルシフェリンとルシフェラーゼの反応というが、下村氏は、ルシフェリンがルシフェラーゼの触媒作用で、酸化され発光エネルギーをだす有機化合物によるという。またどちらにも相当しない発光たんぱく質があるともいう。この研究には大量の発光生物の採取が必要で、下村氏は18年間で、自らも採取し、約85万匹のオワンクラゲ、ウミホタル500万匹を使ったというから驚く。発光物質の抽出精製が重要だが、その困難は、下村氏の研究に付きまとった。
  ウミホタルルシフェリンの結晶化は米国の研究でも成功していなかった。下村氏は10カ月も様々な実験を行うが成功しない。偶然塩酸を加えたルシフェリンを放置し、翌日サンプルの入った試験管の底に針状結晶が出来た。結晶化は濃塩酸中という常識では考えられない条件で出来たと書いている。
  オワンクラゲから第3の物質イクオリン発見も、何回も失敗し、気晴らしに海に出てボートの上で、発光反応はたんぱく質の構造に関係があるから、pH(酸性度)と関係があるとひらめき、中和した抽出液を海水が流れ込んでいた流しに棄てたところ青く光り、カルシウムイオンによって起きたことから見出したという。科学者の実験と発見の不可思議な関係を見る。
  なぜ光るかを下村氏は、ウミホタルや発光ヤスデのように防御的発光、ヒカリキンメダイチョウチンアンコウのように餌の捕食目的の発光、ホタルのように雄雌の生殖の交信手段、発光バクテリアのように魚に寄生し光る糞として排泄され、別の魚に食べられる繁殖の促進の4つと書いている。
  この本では発光生物の種類と特徴が綿密に述べられていて興味深い。発光深海魚は面白く読める。応用では、蛍光たんぱく質が、いまや医学や生物学に欠かせない道具に成っていることを知った。(朝日新聞出版)