H・クローフォード『ウイルス』

クローフォード『ウイルス』

  英国の医学者クローフォードによる「ミクロの賢い寄生体」ウイルスの全体像を描いた本である。人類文明は、天然痘、インフルエンザ、はしか、ノロウイルス、ポリオ、SARS、AiDSなどのウイルス感染症との闘いの歴史であり、そのため免疫機構やワクチン開発など予防法を発展させてきた。いま日本でも、風疹や鳥インフルエンザ、はしか、子宮頚がんのワクチン接種が問題になっている。
  ウイルスとは何か。細菌性微生物は細胞膜に囲まれた細胞質を持ち、その中にコイル状のDNAを所有する細胞である。ウイルスは電子顕微鏡でしか見えないミクロな物質で遺伝子をたんぱく質で囲んだだけで、感染した宿主細胞に寄生しなければ増殖できない寄生体である。おまけにウイルスは変異が生命体であり、細胞に感染すると、何万回も複製を繰り返す複製怪物の遺伝物質である。
  クローフォードによると、地球上には「ウイルス圏」ともいうべき、多様・複雑性を持つ膨大な量のウイルスが、生物誕生とともに存在し、特に海洋の生態系に大きな役割をしていて、宇宙にも存在の可能性もあるという。
  この本ではウイルス感染症が多く取り上げられ、人間の免疫機構との戦いが述べられている。特に新興ウイルスのSARSコロナウイルスエイズHIVウイルス、トリインフルなどの流行の仕組みや、その制御が述べられている。増加している院内感染にも触れている。
  私が興味深かったのは、ヘルペスウイルスや肝炎など人体で長期に持続する感染ウイルスが存在することと、がん発症をおこす腫瘍ウイルスの存在の説明であった。ウイルスがん遺伝子は、長い時間をかけて細胞に変異を起こす。
  ワクチンの発明による天然痘撲滅や、ポリオの消滅などが詳しく語られているが、ワクチン副作用という難題が生じ、今言われている「衛生仮説」によると、免疫反応のバランスが崩れ自己免疫病やアレルギー問題を引き起こしてきている問題がある。子宮頚がんワクチンの接種問題の副作用が、最近問題になっている。40種類以上の抗ウイルス薬が開発されているが、単一ウイルスか、あるグループのウイルスしか効果がまだないという。
  ゲノム革命でウイルスの迅速な診断方法や、標的ワクチン、抗ウイルス薬を供給してきたが、同時に生物兵器やウイルステロの恐怖も払拭されていない。(丸善、サイエンスパレット、永田恭介監訳)